茨城のヒト・コト・バ PEOPLE, THINGS, SPOTS OF IBARAKI

鯉渕健太さん

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株式会社暮らし図 代表取締役・一級建築士

鯉渕健太さん

より良い暮らしの基本は「素の自分でいられるかどうか」

引っ越しや家づくり、移住など、新たな暮らしを始めることは、理想を現実にする絶好のチャンス。しかし雑誌やSNSで素敵な家に憧れながらも、いざ自分の家として具体的に考えてみると、よく分からなくなることもあるはず。何を足がかりに考えたらいいかも分からないし、相談に乗ってくれる人が近くにいるケースはそう多くない。

今回話を伺った建築家の鯉渕健太(こいぶち・けんた)さんは「そんなときに気軽に肩を叩いてほしい」と言う。「本当の思いは言葉になっていないところにある」という信念で声無き声に耳を傾け、より良い暮らしを実現してきた住まいのプロだ。

鯉渕さんにお聞きしたのは、より良い暮らしを具体化するための足がかりになるヒント。これまで、1軒ごとにベストを尽くしてきた鯉渕さんにとって初めて考える視点だったそうだが、じっくりとお話を伺うと、あらゆる住まいの人に通ずる話をお聞きすることができた。

今のスタイルを見つけたきっかけは、日立市へのUターン

鯉渕さんの設計デザイン事務所「暮らし図」は、地元の日立市にある。鯉渕さんは高校生時代に電化製品や椅子など身の周りのデザインに興味を持ち、東京のデザイン専門学校に進学。偶然にも同郷の建築家・妹島和世さんの展覧会で現代建築に魅了され、その道に進みのめり込んだ。しかしいざ現代建築を仕事にすると自身のキャラクターが合わないように感じ、満員電車など東京の暮らしも合わず日立市に戻った。その後、地元の設計会社に就職し、そこで改めて建築に魅了されることとなった。

「暮らしのための建築に出会って、建築の第二の面白さに気付きました。難しいカタカナ用語が飛び交う現代建築の世界とはまた違って、この地で生活を営んでいる人同士が建築を作ったり建築をお願いしたりしているのがとてもリアルでした。キッチンの戸棚の使いやすさに熱心な建て主さんや、ひたすらこだわりを持って作る大工さん。出身の中学校を言えば伝わる身近な人の家を作ることが本当に面白く感じました」

生活者のまなざしを大切にするこの暮らしのための建築を、鯉渕さんは現代建築のデザイン思考と融合させることにした。鯉渕さんが現代建築の手法で最も熱中した、絵や模型などでデザインを練る「スタディ」というプロセスが茨城では希薄だったので、その「スタディ」を強みとする「株式会社暮らし図」を設立したのだった。

試行錯誤を重ねるためのスタディ模型。建て主の要望はもちろんのこと、
近隣住宅・道路・風景など土地自体が持つ30以上の要素をふまえて土地の居住空間を考える。


素の自分がフィットする場所を自覚する

1軒の家を建てるまでに、鯉渕さんは建て主と膨大なやりとりをする。そこにはこんな思いがある。

「人は本当に言いたいことは自由に言えないものじゃないかって思うんです。希望をそのまま聞いても『なんとなくリビングや窓が広くて』という感じ。それは氷山の一角で、その奥にすごく大事なものがあります。それを見つけると本当の意味での満足に繋がって信頼度も増していくんです」

大事なものを見つける糸口が「サバイバル映画」だったこともあるという。土地探しを手伝っていたとき、その方がふと「普段映画を観ないのに公開初日にわざわざ映画館に観に行ったサバイバル映画があって」と話し始めた。聞くとその登場人物に祖父のたくましさを重ねたのだと言い、鯉渕さんは「だから田舎の土地ばかりを探しているのか、この方が表現できなかった気持ちはそういうことか!」と手がかりを得た。そしてその方が好きなキャンプに同行して斧やロープの扱いを教わるうちに、家の手すりや庭のアイディアが浮かんだ。それを話し合ううちに「茨城らしくていいね!」と盛り上がり、家づくりの楽しみが加速したそう。

建て主のスタディ模型を写真に撮り、イメージを手描きしたもの。
家が建ってから「何か違う」とならないよう、小さなことまで考え尽す。


そんな風に「本当に言いたいこと」を探す鯉渕さんに、どう自分を掘り下げるとより良く暮らすことができるのかを聞いてみた。

「難しいけど面白い質問ですね。目指すべきは素の自分で過ごせる場所や建築を見つけることかなと思います。部屋の数や駅からの近さも大切ですが、大事なのはそのままの自分で生きていける場所かどうか。田舎に住むことで素の自分でいられるんだとか、こういう雰囲気の家にすると素の自分でいられるとか、そういう風に『こんな人でありたい』というのをできるだけピュアに体現できる家や場所。素の自分にフィットする家なり地域なりを自覚することがとても大事なのではないかなと思います」

ピュアに生きる心地良さは、鯉渕さん自身も感じているという。

「お客様自身が素でいられる住処を建築で提供しながらも、そういう仕事をしている僕も素の自分でいられるんです。振り返ると、東京では素でいられなかったから、ずっともがいていたのかもしれませんね。今自覚できる素の自分は、現代建築と暮らしのための建築との狭間。この手法を使って、それぞれの『何となく良いな』を『すごく良いな』にする建築を作っていきたいんです」

スタッフが増え「暮らし図ファミリー」がより面白くなってきて幸せだと話す鯉渕さん。
建築士やイラストが得意な人などが集まってきているのだそう。


素の自分でいられる場所に名前を付ける

では素の自分を自覚した上で、何かした方がいいことはあるのだろうか。

「頭で考えているだけだとふわふわになってしまうので、素の自分でいられる場所にコンセプチュアルな名前を付けると掴みどころがあると思います。自分の縄張りに名前を付けてみるような感じ。例えば今も、山が好きな建て主さんと『小さな洞窟のある家』というテーマで設計を進めていて、家の中の洞窟に薪ストーブを置こうという話になっていて。名前を付けると良い意味で嘘も方便というか、そんな場所がある気がしてきますよ」

他にも「翼のある家」というテーマで、夫婦一緒の時間と各々の時間を持てるL字型の家の設計を進めているそう。家づくりでは家族同士が違う考えを持つことも多いので、テーマに名前を付けることはやはり役に立つのだという。

「『自分たちの家ってこうあったらいいよね』という物差しを1つ示してあげると、みんなで考えるガイドラインになると思います。これは現代建築やデザインから学んだのですが、話し合いがモヤモヤしているときは説き伏せるのではなく、パッと数秒で分かるようなテーマを探して課題を整理すると良いと思います」

鯉渕さんの場合、「暮らし図」という社名がテーマに当たるだろう。これは世界的ベストセラー『利己的な遺伝子』の一節にある「ミーム」から来ている。人との関わりで遺伝する文化的遺伝子「ミーム」のことを建築と結び付け、建て主が無意識に大切にしている文化的遺伝子を見つけて暮らしの設計図を描こうと思い「暮らし図」にしたのだそう。

デザイン専門学校時代に建築に興味を持ってから一気に本を読むようになった。
建築に関係の無いものも公私混同で読むうち、「あ、きた!」という感覚が楽しいのだそう。
物事は建築のフィルターを通して理解するようになったという。


テーマを見つけることができれば、移住や賃貸暮らしも、より豊かにすることができるという。そのためには建物だけではなく場所にも目を向けることが大切だそう。

「例えば『アパートの目の前に広がる畑で朝活をしたい』とか、そういう自分らしいライフスタイルを軸に、住む場所を考えることがすごく大事だと思います。そこまではっきりしていなくても、無意識に感じる『私はここに住んだら幸せだろうな』という感覚も大切。駅からの距離や家賃など社会の情報ではなくて、自分の情報を軸にすることで自分らしく生きられる場所になると思うんです」

「親密圏」に碇をおろす

より良く住む上で、鯉渕さんが何度も口にする「親密圏」という言葉も大切なキーになりそうだ。

「社会学などで使う『親密圏』という言葉があって、私は『安心して暮らせる圏域』という風に捉えており、建築を通して親密圏に碇を下ろすお手伝いをしている感覚でいます。孤独に住むのではなくて、何かあったら声をかけてくれたり、お店でふと会ったり、そういう小さな繋がりがあるということ。私自身も親密圏の中でとても豊かに生き延びているように感じるんです。親密圏って豊かさだと思うので、自分や相手の親密圏に仲間入りする喜びを得られると、その地で暮らしていけるのかなと思います」

鯉渕さんの場合、日立に戻ったことで両親や親戚がいる安心感を改めて感じたという。そして建築の修行をさせてくれた設計事務所や職人さんたち、一緒に家づくりを楽しんだ建て主たちが、鯉渕さんオリジナルの親密圏に仲間入りしたのだそう。その信頼を守りながら長く住んでいくことは、とても豊かなことだと感じている。

「修業させてくれる人がいて、良くしてくれる人もいて、そんな無数の星の中の一つみたいに生き延びられる、それはとても安心するものがあるんです」

鯉渕さんにとって親密圏は「心がほわっとするもの」だという。
お客様とフィーリングが合わないと信頼関係で建物を作っていくことができないので、
「お見合い期間」でそれを確かめ合ってから契約することにしている。


どこかの土地に住むとき、こんなことも意識をすると良いそうだ。

「例えば茨城に移住をしてきて『茨城って何が良いのかな』と思ったら、茨城に根付いている人とまずは仲良くなってみると良いと思います。茨城に住んでいて楽しそうな人や、いつも機嫌が良い人と仲良くなると、言葉じゃなくても茨城の良さが乗り移ってくると思うんです」

ウェブサイトを制作することが、素の自分になるきっかけに

今でこそにこやかに建築のことを語る鯉渕さんだが、つい最近までそうではなかったという。ターニングポイントは、県内のデザイン会社に「暮らし図」のウェブサイト制作を依頼したことにあった。

「これまでは作家性を前に出すのが苦手で、建築家として自信が無かったんです。でもウェブサイトを作るときにアートディレクターさんが相談役になって『鯉渕さんのように建て主とたくさん話して試行錯誤する建築家がいてもいい』と言ってくれて、それを軸とするウェブサイトを作りました。それが物差しとなって『素の自分としての建築家でいい』と自分を許せて、大きなマインドチェンジになったんです」

そこに建築の実績集を載せるとき、鯉渕さんは仮名を使ってでも「〇〇さんの家」と付けることにこだわった。「あなたの家づくりに伴走する」という在り方に自信を持つことができたのだ。ウェブサイトが素の鯉渕さんに自信を与えてくれたように、素の建て主さんに自信を与えられる建築を提供することが鯉渕さんの揺るがない軸となった。

ウェブサイト制作の過程で自信が付いて言葉を気さくにSNSで発信できるようになり、
ウェブサイトの完成前から相談が増えはじめたそう。


1軒1軒の「より良い暮らし」を建築で実現し続けてきた鯉渕さん。そこで大切にしている考え方は、家を建てる人に限らず、移住先を探している人、賃貸暮らしを選んだ人、転勤の多い人、マンションや家を買った人など、それぞれに良いヒントとなりそうだ。自分の暮らしを改めて見つめるとき、「いま、素の自分として気持ち良いかな」そんな風に自分に問いかけてみるといいかもしれない。

PROFILE

PEOPLE

日立市出身、1984年生まれ。高校時代にデザインに興味を持つ。東京のICSカレッジオブアーツに進学して東京の建築会社に就職したあと、茨城県内の建築会社に就職して地場産の木の利用や古民家再生などに携わる。2012年に鯉渕健太設計を創業し、2018年に株式会社暮らし図として法人化。住宅や店舗の建築デザインと、施工やメンテナンスも行っている。

暮らし図 https://kurashis.jp/

INTERVIEWER

栗林弥生

1982年水戸市生まれ。報道カメラマンの父と記者だった母に影響を受けテレビ業界を目指し、東京の番組制作会社で「あなたが主役50ボイス」「アジアンスマイル(モンゴル)」(共にNHK)など、人の思いを描く番組を主にディレクションする。2014年に結婚を機に水戸に戻りインタビューなどの記事を書いている。

Photo:佐野匠(つくば市)