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福地美喜さん

PEOPLETHINGS

チーム八千代商事 リーダー/株式会社八千代商事 副社長

福地美喜さん

「本気(マジ)」を分かち合い生まれた、一緒に駆け抜ける異業種人材チーム

自分1人の力でプロジェクトを大成させるのは難しい。「遠くに行きたいならみんなで」と言われるように、多様な人材の可能性とチームの力があるからこそ、結果を残せるはずだ。しかし、「分かっているけど、仲間ができるのか不安だ」と悩む人もいるだろう。
今回は、異業種人材チームを作り、今や起業を視野に入れ始めたプロジェクトリーダーの話をお届けしたい。そこには、ビジネススキル以前の、人と自分に向き合う姿勢があった。

人生初のプレゼンから異業種人材チーム結成、そして起業へ

今回お話頂いた福地美喜さん。株式会社八千代商事の取締役(当時)として、2022年度県北BCPでリーダーとなった。そこで生まれたチーム八千代商事のビジョン・ミッション・バリューとプロジェクトを引き継ぎ、美喜さんを代表とした新たな会社が立ち上がろうとしている。


「飾らず等身大の想いを伝えることが、良いチーム作りにつながると思います」

と語る福地美喜(ふくち・みき)さんは、異業種人材チームの可能性を体感する一人。

美喜さんは、日立市の木材販売と住宅資材卸売販売業を営む企業、株式会社八千代商事(以下、八千代商事)の副社長だ。同社の取締役だった当時、仕事と育児を並行しながらも、茨城県が主催するBusiness Challenge Program(以下、県北BCP)にリーダーとして参加した。

「リアル会場では人生初」というプレゼンテーションに挑み、異業種人材チームを結成。美喜さんが結成した「チーム八千代商事」は約7か月間の活動の末、茨城県知事賞(最優秀賞)受賞という実績を残した。

そして現在、チームの活動内容を引き継ぐかたちで起業を目指しているところだ。

今回は、そんな美喜さんに、県北BCPを通した異業種人材チーム作りのお話を伺った。

BusinessChallengeProgram(県北BCP)とは
県北地域の中小企業を対象に、本質的経営課題に対する「気づき」を促すセミナーの開催やアイデアソンによるビジネスプランの策定支援を行い、企業の新事業展開を後押しし、その成果を広く発信することで、地域の産業振興を図ることを目的としたプログラム。
中小企業の経営者たちは「県北BCPリーダー」として参加。セミナーで学び、仲間とともにアイデアソンで事業開発の可能性を広げながら、新規事業にチャレンジしていきます。

異業種人材チーム「チーム八千代商事」

茨城県知事賞受賞時のチーム八千代商事。リーダーの福地美喜さん(右から3番目)のほか、サブリーダーとして「ネンリントーチ」を担当する小又孝正さん(右端)、「カーボンストックファニチャー」を担当する福地秀太郎さん(右から4番目。八千代商事代表取締役)、「あつまれ今橋の森」を担当する今橋大さんの3名が各プロジェクトの中心となった。


美喜さんは東京都出身。結婚を機に日立市に暮らしの場を移し、家事や子育てと同時に八千代商事の取締役として経営にも関わってきた。

「4人の子育てを続けてきた、普通の主婦なんですけどね」と自らを語るが、自社事業の課題解決を模索していたそう。そして、茨城県で活躍するプレーヤーから刺激を受けたことから、自社課題解決のため、自ら行動を起こしリーダーとして参加するに至った。

美喜さんは、「茨城県産木材を使ったものづくりをしたい」という軸を中心に据え、「直接お客様へ商品を届けたい」「茨城の資源を通じて、茨城県の魅力や豊かさを伝えたい」「地域の人たちと楽しみながら、もっと関わりをもちたい」という想いを掲げて参加。

県北BCPでは、まずリーダーがプレゼンテーションを行い、仲間を募って課題解決チームを作る。

美喜さんの元には、その想いに共感した7名が集まりチーム八千代商事が結成された。集まったメンバーの職業は、フォトグラファー、製造業、金融業、まちづくり企画業など多彩で、年代や歩んできた背景もさまざまだ。

チーム八千代商事は力を合わせ、間伐材を使ったスウェーデントーチ「ネンリントーチ」、森を舞台にした野外写真スタジオ「あつまれ今橋の森」、二酸化炭素を吸収貯蔵する木材を使った家具「カーボンストックファニチャー」販売など、事業化を前提とした企画を立案し、製品作りや販路開拓を実践。

茨城県知事賞受賞後は、息つく暇もなく次の準備にとりかかり、2023年4月に日立市の「第58回 日立さくらまつり」に参加。「まちなかで森を楽しもう!五感で楽しむ春ピクニック」をコンセプトにした休憩スペース「やちよピクニック」として出店し、来場者に茨城県産木材の魅力を肌で感じてもらう企画を行った。

自分の勝負どころは、飾らずまっすぐな想いを届けること

ビジネスプランや数字の扱いでは他のリーダーに敵わない代わりに、美喜さんは「熱意」を全面に出していった。逆に、「数字やプラン作りが強みの人なら、無理にパッションを押し出すような伝え方をしなくてもいいかもしれない」とのこと。


プロジェクト作りもプレゼンテーションも未経験の状態から、異業種チームを結成し、起業まで視野に入れるようになった美喜さん。この躍進には、チームの力が大きく影響しているはずだ。

県北BCPのチームビルディングに関わる初回のプレゼンテーションでは、美喜さんは何を伝えていったのだろうか。

「自分を飾らず、とにかく熱く想いを伝えること。それがいい仲間に出会える鍵になったと思います。私は他のリーダーたちのように人前でスピーチする経験が無く、不安でした。でも、熱意は誰にも負けない自信がありました。だからこそ、事業プランではなく想いを暑苦しく伝えましたし、それが私とメンバー双方が『一緒にやっていけそうか』を判断する材料になったと思います」

飾らずに想いをぶつける。

その姿勢に至ったのは、茨城県出身のある経営者の言葉がきっかけだ。県北BCPの前年に、茨城県主催のローカルプロジェクト企画に参加した際、その経営者にオンラインプレゼンテーション用スライド作りを依頼したのだそう。

ローカルプロジェクト企画には、多くの若い世代が参加しているから、自分は恥ずかしい発表をできない。せめてスライドは見栄えの良いものをきちんと用意したい。そんな思いでの相談だった。

「でも、断られてしまったんです。表面を取り繕っても見透かされてしまう。自分をさらけ出して、美喜さん自身の言葉で伝えないと相手に響かない。下手でもいいから、自分の言葉と自分が作ったスライドで伝えないと、相手に届かない。そのアドバイスから、『私も殻を破って進まないといけない』と思い、等身大の熱量を伝える発表に至りました」

初回のプレゼンテーション当日。
美喜さんにとっては初めての、リアル会場でのプレゼンテーション。それも、70人を超える聴衆を前にしての発表だ。

「いま自分は人生の折り返し地点。地域の人たちと楽しんだり喜んだりすることに、残りの人生を捧げたい」
「意気込みは、本気(マジ)なんです」

最大限の想いを涙ぐみながら伝えたプレゼンテーションは、拍手喝采で幕を閉じた。

美喜さんは、「緊張しすぎて、伝わったかどうかも分からない」と話すが、「自社の課題を正直に切実に訴えたからこそ、『この人を助けよう』思ってもらえたのかもしれない」とも振り返る。想いを隠さず伝えきることができたからこそ、かけがえのない仲間に出会えたのは間違いない。 

上座ではなく円卓に座るリーダー

県北BCP茨城県知事賞のトロフィー。普段は美喜さんの手元にあるが、メンバーたちにも貸し出され、思い思いの場所で喜びの記念写真を撮られているのだそう。


進みたい方向と、想いの吐露があったからこそ、チーム八千代商事内のコミュニケーションはスムーズだったそう。

チーム結成後は、美喜さんはメンバーそれぞれに直接会い、じっくりと対話。そこでも、事業やスキルの話ではなく、互いの背景の話、これから取り組むことへの想い、県北BCPへの関わり方などを話し合ったという。

さらに、日々のコミュニケーションを大切にし、チャットツールの活用はもちろん、対面での雑談も積極的に行った。食事や飲み会などの交流も取り入れ、それらの積み重ねの中で価値観をさらにすり合わせていった。

美喜さんは、自分自身を「上座ではなく円卓に座るタイプのリーダー」と語る。

「私はアイデアの採用・不採用を決めたり、コミュニケーションの機会を積極的に作ったり、という役割を果たしていましたが、みんなと同じ高さの目線を心がけました。チームを結成した段階で、私の想いに共感を得られていたからこそ、私もメンバーも『そのアイデアいいね』と評価しあえるのはもちろん、『それは少し違うかもしれない』とビジネス性やビジョンからのズレを遠慮なく指摘しあえる、いい関係性だったと思います」

さらに、異業種チームの良さを「斜め上のアイデアが出てくるところ」と話す。

「業界によって、文化も言語も考え方も違うから、新たな視点や『木材の業界では普通はやらない』というような斬新なアイデアがたくさん出てきます。それが、社内チームや業務委託とは違う良さですね」

県北BCPの最終報告会では、発表するメンバーのほかに、応援パフォーマンスをするメンバーも登壇。タイミングを計りながら観客席に向けて横断幕を広げ、プレゼンテーションを盛り上げた。中には「次のBCPリーダーは君だ!」と書かれた横断幕で笑いを取りに行くシーンもあった。

実はこれも、メンバーのアイデアから生まれたもの。

多様な視点が生まれるチームだからこそ、美喜さんの「円卓に座るリーダー」の姿勢が、より功を奏したのではないだろうか。

ビジョンを明確に、更なる高みを目指す

県北BCPへの参加から起業の準備に至る過程を、「プレゼンテーションも初心者同然な私の成長を、他のチームの方々に見守ってもらえた」と振り返る。


県北BCP終了後に出展した「第58回 日立さくらまつり」では手ごたえを感じたが、想いを外部に明確に示し、チーム内でも改めて意識を揃えられるように、活動の方針を「8つのプレイス」として言語化。

チーム八千代商事 8つのプレイス
子どもたちの木と触れ合う機会を作る
子どもたちが木について学ぶ場
県北林業の課題と資源の魅力をPR
日立の森の間伐材の有効活用を考える場
木と共に暮らしゼロカーボンを目指す提案の場
地域の異業種のアイデアから地域に新しい化学反応を起こす場
大切な人との記念や思い出を形で表現する場
県北産の木材を使った家具の開発

「まずは他のメンバーに先立ってまとめましたが、みんなの想いも同じだと思います。これから共有して、完成させていきたいですね」

朗らかに語る美喜さんから、チームへの信頼と一体感を感じられた。

現在、美喜さんは新たに会社を立ち上げようとしている。八千代商事の課題解決チームとして生まれたチーム八千代商事の、想いと取り組みを引き継ぎ、「会社」として独立させることで、より加速させる。

「チームメンバーからも起業を勧められていましたし、県北BCPや『やちよピクニック』を通して事業内容も固まってきました。今、さまざまな方にご協力を頂きながら起業準備中です。チーム八千代商事のプロジェクトを引き継ぎながらも、八千代商事と連携し、茨城県産木材の魅力をきっかけに地域の皆様との関りを育んでいきたいです」

「プレゼンテーション未経験」からスタートした美喜さんは、嘘のない想いを伝え、さまざまな業種の仲間に出会い、実績を残し、ついには起業に至った。これからどんな人に出会い、どんな展開を作っていくか、期待が高まるばかりだ。

異業種は異文化。まずは耳を傾ける

第58回 日立さくらまつりにて撮影した、チーム八千代商事の集合写真。この日のためにユニフォームも揃えた。撮影は、「あつまれ今橋の森」を手がけるフォトグラファー今橋さん(上段左)によるもの。


最後に、「異業種人材チームを作るときに大切なこと」について、美喜さんなりの心がけを教えてくれた。
それは、端的に言うと「傾聴力」なのだそう。

常に相手を肯定し、耳を傾け続けてきた美喜さん。県北BCPのチームビルディングでは「美喜さんが一番よく話を聴いてくれた」と話す参加者もいたほど。

「異業種ということは、全く違う文化圏から来た人ということ。一見『ズレたことを話しているな』と思えても、それはその人の経験から考えを伝えてくれているはずです。だからこそ、まずは相手の話にしっかりと耳を傾ける。そこから、チーム作りが始まっていくのだと思います」

PROFILE

PEOPLE

福地美喜
チーム八千代商事リーダー
株式会社八千代商事 副社長
https://www.yachiyoshoji.com/

1976年生まれ。東京出身。法政大学社会学部卒。卒業後、国会議員秘書として4年半勤務。結婚を機に2006年より茨城県日立市に在住。4人の子どもを育てながら、八千代商事の経営に携わってきた。2023年6月取締役副社長に就任。

INTERVIEWER

佐野匠

1985年茨城県下妻市生まれ。20代半ばに東京から地元に戻るも、キャリアもスキルも学歴も無かったため、悩んだ末にボランティア活動に参加し、その中で写真、文章、デザイン、企画、イベント運営などのノウハウや経験値を蓄積。最近やっとライターやフォトグラファーの仕事を頂けるようになりました。カッコいいと思うものは、マグナム・フォトとナショナルジオグラフィック。

Photo:小関華穂(一部提供写真を除く)