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茨城のヒト・コト・バ PEOPLE, THINGS, SPOTS OF IBARAKI
まちむすび合同会社 代表社員
星野由季菜さん
「人をむすび、つなぐこと」で、誰もが自分らしく生きる街へ
茨城県常陸大宮市を拠点に、「人をむすび、まちをむすび、希望をむすぶ」を理念に掲げ、人材育成事業を展開する会社がある。その会社とは、同市出身の星野由季菜(ほしの・ゆきな)さんが経営する、まちむすび合同会社だ。
学生時代より「街づくりに関わる仕事がしたい」との想いを持ち続けていた星野さんだが、人材育成という側面から街づくりの仕事を展開するようになるまで、葛藤を繰り返してきたという。しかし、そのストーリーには、街づくりに関する仕事を事業化するヒントが隠されていた。
「街に必要なものは何か」を見つけるために
星野さんが、地域や街づくりに興味を持ったのは、大学生のころ。常陸大宮市の伝統的なお祭り・西塩子の回り舞台にボランティアとして関わったことがきっかけで、地域の良さや地域に関わる人たちの温かさを知り、将来は街づくりに関わる仕事がしたいと思ったという。
その後、筑波大学大学院に進学し、文化人類学の観点から街づくりを研究。卒業後は、ビジネスを学ぶため、一度は地元を離れ、都内のIT企業に就職した。
「営業職として3年目を迎えたときに、新型コロナウイルス感染症が流行し、リモートワークになったんです。それならと、このタイミングで地元に戻り、街づくりに関する仕事をしようと思いました。どんな仕事があるのかと探していたら、地元で地域おこし協力隊の募集があることを知りました」
協力隊なら、期限付きとはいえ、街づくりの仕事ができる。だが、仕事の種類は多種多様で、今の街にとって何が必要なのか分からなかった。そこで、協力隊活動の中で、何が街のためになるのか、仕事として生計を立てられるのか、さまざまな挑戦をしながら見つけていくことに決めたそう。
街づくりは、人づくり
こうして始まった街づくり事業への挑戦。
協力隊では、新たな視点と自由な発想で活動内容を提案するフリーミッション枠で採用された。着任当初は、街づくりを仕事にしたいという想いのきっかけになった「お祭りやイベントを通した地域の活性化」をテーマに掲げ活動をスタートさせた。
しかし、その後すぐに、街づくりの仕事の事業化への機会がやってくる。常陸大宮市を盛り上げたいと想いを抱く方が立ち上げた会社を、引き継ぐことになったのだ。その会社が、現在星野さんが代表社員を務める「まちむすび合同会社」だ。
「まちむすび合同会社の経営者から『会社の経営を続けることが難しい。良かったら引き継いでみないか』と相談を受けました。地元に戻ってきたタイミングだったことや、これから街づくりを本格的に仕事にしたいと思っていたことも重なり、引き継ぐことを決めました」
こうして、協力隊活動と平行する形で、まちむすび合同会社の代表社員となった。
現在同社は、県内の中小企業向けの研修事業や個人向けの自己肯定感向上のセミナー・コーチング事業、県内中学生向けのキャリア教育事業など、人材育成を事業の柱としている。
「人が生き生きと前向きに人生を歩むことが、地域活性化に繋がると気付いたんです。結論としては、街づくりは、人を作っていくこと、それが元気な街になるということに行き着きました」
「街づくりは、人づくり」という想いは、実は星野さんの原体験から生まれたもの。その当時の出来事を真剣な表情で語ってくれた。
「小学生の頃、一人ぼっちだったことがあったんです。『自分は悪くない、全部相手が悪いんだ』というこじれた正義感を持っていました。そのせいで人間関係がうまくいかず、悩んでいました。そういうときは、何かに前向きに挑戦することもできず、楽しくもなかったんです。このままでは良くない、変わりたいと思いました。気持ちを切り替えてからは、親友ができ、人間関係が良好になりました。今、自己肯定感向上のセミナーやコーチングを提供しているのもこの経験からです」
焦点を定め、会社の理念を固める
原体験から、地域の子どもたちにも、前向きに人生を歩んでもらいたい、そのためにも教育の力になりたいという想いへが芽生えていった星野さん。
協力隊に着任した2021年は、コロナ真っ只中で、中学校の職業体験が軒並み中止となっていた時期でもあった。学生が地域で活躍する社会人と出会う機会が減っているという状況の中、職業体験の代わりに、学生と社会人を繋ぐキャリア教育授業をスタートさせた。
これが人材育成事業の始まりでもある。
キャリア教育授業と平行する形で、地域の方に頼まれたことは「街のために」と、何でも引き受けたことで、いつしか「常陸大宮のよろづや」といったポジションになりつつあった。
しかし、星野さんの体は一つ。いつしか身が持たなくなったという。
「協力隊1年目のときは、キャリア教育授業と平行する形で、水族館を子どもたちの絵で飾るアートプロジェクトや、道の駅でカレーフェアを開催したりもしました。街が盛り上がるイベントは、地域の方も喜んでくれますし、その姿を見て私も嬉しくなるんですよね。なので、地域の方に愛される、喜ばれるという意味では、みんなが楽しめるイベントをいくつも開催するよろづやのようなポジションは良いと思います。ですが、協力隊を退任後、会社を経営していく上で、収益や事業の持続性を考えると、正直なところ厳しいです。街づくりの仕事を事業化していくために、きちんと焦点を定めるべきだと思いました」
会社経営を通じて、「街を元気にしたい」という気持ちが強いものの、よろづやでは難しい。退任後を見据えたとき「事業の焦点を定めること=会社の理念を定めること」、それが経営者として重要だと気付いた。
同社の理念の「むすぶ」という言葉には、繋ぐという意味と、実をもって結ぶという2つの意味が込められている。
それは、一人一人が自分のなりたい姿になるということと、ありたい方向に向かい、人と繋がっていくこと。
「人が繋がることで街も繋がる。結果として地域が活性化されるんです」と笑顔で話してくれた。
人と人を繋ぐ調整役は、齟齬をなくす「翻訳家」
街づくりにおいて、何よりも大切なのは、人。こうして星野さんは、街を元気にする仕事として人材育成を柱とし、次々と事業を展開していった。
中小企業を経営する社長同士の勉強会コミュニティに所属したことをきっかけに、市内の中小企業で、コミュニケーションの仕方についての「お客様満足度向上のための伝え方セミナー」を実施する機会を得た。
また、協力隊活動の一環で「地域コーディネーター養成講座」を受講したことで、茨城県が実施する、人材とノウハウが足りない企業が副業人材を活用し、プロジェクトを動かしていく、「iBARAKICK!(イバラキック)」にもサポート側として関わることになった。
どちらの事業も、人と人を繋ぎ、結ぶ調整役のポジションだという。
「セミナーは、認識交流学という学問を使用し、お客さんとのコミュニケーションの仕方を伝え、お客さんと社員を繋ぎます。iBARAKICK!は、企業と外部人材をマッチングする仕事です。コミュニケーションを取る上で、齟齬(そご)が生まれるのは、自分と相手が同じ認識を持っていたり、同じ価値観だという前提で話をするからなんです。『一人一人違うんだよ』ということを理解し、コミュニケーションを取ると、良い仕事ができます。こうした仲介者は、『翻訳家』のようなポジションだと思っていって、私はそれが得意だとも感じています。」
自身の強みを持ちながらも、過去には、齟齬の認識の違いに気付かず、そのまま仲立ちをしてしまったこともあったという。
その際は、齟齬が生まれた経緯をしっかり相手に伝え、誠心誠意謝罪したことで理解してもらえたそうだ。
「私自身がコミュニケーションの仕方を伝える立場でありながらも、まだまだ認識の違いが生まれてしまうこともあります。相手に対していかに誠実であるかということを常に頭に置きながら、仕事をしています」
人をサポートする事業の難しさを感じつつも、その壁を乗り越えるため、今もなお、葛藤しながら挑戦を続けている。
人生の理念を突き詰めていく
会社経営はまだまだ不安定と少し心配そうな表情で話しながらも、独立する目途が立ち、2023年7月、2年4か月の任期をもって、協力隊を退任。まちむすび合同会社の経営一本で歩み出した。
まずは、人をベースとした既存の事業をブラッシュアップし、提供していくことが今の目標なのだそう。そのためには、さらに事業の焦点を定めていくことが一番大事なのだという。また、焦点を定めることは、自分の人生の理念を固めることにも繋がっていると話す。
「これまでたくさんの研修を受けてきましたが、人生において何に一番集中するかという、自分軸を定めることが何よりも大切だと思っています。それが会社の理念や事業にも紐づいているんです。結果としてどれが効果的な事業かということも見えてきます」
「街のために」と自分の本当の気持ちを後回しにし、周りの期待に応え続けてきた星野さん。「街を人から元気にしたい」という想いは、他人軸でも自分軸でも一緒だが、自分の強みや本当にやりたいことは何か、素直な気持ちでどの方向に進みたいのか、葛藤しながらも少しずつ、自分軸を取り戻しつつあるのだそう。
「よろづやだった自分から、本当の自分が見えてきた」と語るその表情からは、街を人から元気にしていくという、確かな自信が伺えた。
「本当の自分」を磨き続けることが、街を元気にする
最後に、まちむすび合同会社の代表社員として、改めてこう語る。
「会社の理念でもある、人生の焦点を見つけるために、今でも研修を受けています。その中で感じたのは、自分のことは自分では分からないということです。自分とは違う他者と交流することで、やっと本当の自分が見えてくると思います。状況によっても何が大事かというのは変わってくるとは思いますが、いくつになっても他者との交流は、続けていきたいですね」
「本当の自分」を磨き続け、探求し続ける星野さん。結果としてそれは、地域の中で自分らしく生きる人を増やし、街の活性化にも繋がっている。
「何が街にとって必要なのか分からない、だから挑戦する」とUターンした3年前。人を大切に、目の前のことに挑戦してきたからこそ、現在の星野さんがいるのだろう。
これから先の未来も、若き経営者の挑戦の道には、街を元気にしたいが、どうしたらいいのか分からないと悩む人であふれているはず。その人たちを繋ぎ、結んでいくのは、間違いなく星野さんだ。