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山口景司さん、成田楓さん、武関拓也さん

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武龍ワイナリー

山口景司さん、成田楓さん、武関拓也さん

ブドウの産地で歩み始めたワイナリー、地域で100年続く事業を目指す。

2022年に稼働が始まった武龍ワイナリー。ここは、茨城県のブドウの産地、常陸太田市の里山に生まれたワイナリーだ。ワイナリーを営むのは、「100年先まで続く事業で、地域に人の輪を育みたい」という想いを抱く山口景司(やまぐち・けいじ)さん、成田楓(なりた・かえで)さん、武関拓也(ぶせき・たくや)さん。
今回は、武龍ワイナリーでのそれぞれの仕事に耳を傾けながら、この場所があることで地域に生まれた展開や、100年を目指していくために、どんなことに取り組んで行きたいかを伺った。

ブドウの里に生まれた新たな景色

販売所を兼ねた醸造所は、2022年オープン。ワイナリーがあることで、常陸太田市に縁がなかった方もワインをきっかけにやってくる。


常陸太田市はブドウの産地。市の南端に広がる中山間地域は土壌と気候に恵まれ、約50件の観光ブドウ園が営まれる。巨峰やオリジナル品種「常陸青龍」などが栽培され、栽培面積、産出額ともに県内1位。ブドウ畑が広がる里山の景色も魅力の一つだ。

しかし今、ブドウ農家の後継者不足から、廃業する農家が増え、耕作放棄地が増えているのだそう。

そんな地域の魅力と課題がある中、2021年に生まれたのが、ワイン用ブドウ栽培とワイン製造を行う武龍ワイナリー。

製造販売するワインは、地域の名を冠した本格的なワイン「瑞龍(ずいりゅう)」のほか、地域で採れた生食用ブドウを使用した「常陸の恵み」、茨城県立常陸太田特別支援学校との協働栽培プロジェクトにより生まれた「あしたのわいん」など。

この地で栽培されるブドウが、より付加価値の高い製品として世に送り出されてゆく。

茨城県内のリンゴ農家それぞれの個性が引き立つ「いばらきりんごシードル」も製造販売中だ。

本格的な逸品から手軽に買えるものまで、ワインのラインナップは幅広い。店頭での購入はもちろん、オンラインショップでも注文できる。


「常陸太田の里山に、ワイン好きの人も足を運んでくださるようになりました」と語るのは、武龍ワイナリー代表の山口さん。2022年に自社ワイナリーで初めてのワインを作って以来、手ごたえを感じているところだ。

武龍ワイナリーには、山口さんの「地域とともに100年続く事業をつくる」という想いが込められている。そして今、最初の社員として入社した若き醸造スタッフ・成田さん、自らの好奇心に従い、山口さんの想いに共感して入社した武関さんの3人で歩み始めたばかり。

100年続く事業の最初の道筋を作っていく3人は、どんな想いで仕事に取り組んでいるのだろうか。

ワイン造りを通じて、地元に活気を

写真左端が代表の山口さん。「若い二人にも取材に出てもらいたい」と言いつつも、自らの事業への想いは溢れ出す。今は3人で事業を営むが、先々を見据えながら「やっぱり、社内の人間関係が良いと事業も回っていくんだよね」と事業展開を考える。


まずお話を伺ったのが、代表の山口さん。

山口さんは、生まれも育ちも常陸太田市。都内の大学を卒業した後は、修行も兼ねて大手酒類メーカーに就職。数年経験を積んだ後、地元に戻り、地元で代々営まれている家業の卸問屋「合名会社山口」を継ぎ現在に至る。

家業を継ぎ地元で仕事を続けながら、慣れ親しんできた街の活気が薄れ、地域のブドウづくりが衰退していく様子に寂しさと危機感を覚えるようになったのだそう。

そんな地元への想いと、日本ワインブーム再到来や、ものづくりへの興味から、武龍ワイナリーを設立。

社名に自分の苗字を入れず、地域の地名として使われる「龍」を起用したのは、この地で事業が引き継がれ育まれて行ってほしい、という想いからだ。

山口さんは、家業の卸問屋を経営する一方、武龍ワイナリーでも経営者。ワイン製造や接客は若手に委ねながらも、これまで家業で培ってきた営業や流通の経験値を最大限に活かしながら、経営者の手腕を振るっている。

山口さん「忙しい時期は、朝3時ごろに起きて、卸問屋の段取りをつけたら、4時ごろからブドウ畑で作業し、ひと段落したらまた卸問屋のほうに戻って仕事しています。昔からの営業畑の感覚が染みついていて、時間を見つけてワイナリーの営業も行っていますね。チラシは2万枚近く配ったと思います。事業を続けていた祖父や父親はよく働いていましたし、私もその感覚です。ワークライフバランス、とはちょっと違う心持ちかもしれませんが、ここ一番の勝負所での強さは、働いた分だけ発揮されると思います」

1日中パワフルに、朗らかに働く山口さん。その甲斐あってか、ワインは少しずつ売り上げを伸ばし、地域の中に新しい人の流れを作りつつある。

山口さん「事業をどんどん地域に還元していきたいです。実は、ワイナリーの敷地で面白そうな企画を開催したいなという想いもあります。ですがまずは、その気持ちを抑えつつ、良いワインをつくり、しっかりとお客様を獲得していくことが、これから必要なことですね」

地域発のワインを醸す若き醸造家

写真中央が成田さん。年齢的にお酒を飲めないころから武龍ワイナリーのワイン造りに関わり、今では醸造家としてワインの味と品質を担っている。取材当日は、直前まで製造されたワインのアルコール度数測定を行っていた。


ワイン造りを担っているのが成田さん。

成田さんは、山口さんと同じく常陸太田市出身。県内の農業高校と農業大学校を経て、新卒で武龍ワイナリーに就職。就職後は、茨城県内のワイナリーで修行を積み、ワイン造りのいろはを習得。記念すべき武龍ワイナリー初製造のワインを仕込んだのは成田さんだ。

成田さん「初めは、牛久市にあるワイナリーで修行させていただきました。当時は用語の意味も醸造記録のつけ方も分かりませんでしたが、今では仕込みから検品、出荷まで一通りできるようになりました。おいしいワインを作るためには、いくつもある醸造タンクを観察しながら、酸化防止剤を入れたり、空気を取り込んだりと調整の連続。今でも、ときどき師匠に相談させていただきながら製造に励んでいます」

成田さんが日々つけているワイン醸造の記録。その日のワインの状態や、それに対して行った処置が記録されている。正解のないワインの味に対して試行錯誤を続ける難しさがあるという。


実は、修行を始めたころは、お酒を飲めなかったという成田さん。醸造担当者となった今、自分の舌で様々なワインの味を覚えながら、ワイン造りの高みを目指していくところだ。

成田さん「山口さんの仕事を見ながら、経営は本当に大変そうだなと思いました。なのでまずは、ワインづくりのレベルを高めたいです。目標は『みんなが美味しく飲めるワイン』。そのために、ソムリエの資格取得も考えているところです」

店頭での接客も担当している成田さん。「あまり話し上手な方じゃないんですよね」と言いながらも、買いに来たお客様との会話を楽しみながら、ワインの知識を深めている。

大切なのは、伝え続けること、コミュニケーションを続けること。

写真中央が武関さん。武龍ワイナリーへの転職をきっかけに常陸太田市に移住。100年続く事業をするなら、100年もののブドウの樹を育ててみたいと話していた。また、これから事業を続けていくうえで、農作業の自動化や効率化ができればと思案している。


「何でも屋」と言われるほど、様々な役割を担っているのが武関さん。

ブドウ栽培やワイン造りのサポートはもちろん、SNS発信、スプレッドシートのマクロ設定、機械メンテナンス、ワイン醸造設備の保全など、守備範囲は幅広い。錆や腐食に強いステンレスの選択、既存の設備のカスタマイズといったニッチな部分まで対応するという。

これまで武関さんは、好奇心に従い、電気設備、IT企業、写真スタジオ、金属加工業など様々な仕事に挑戦してきた。武龍ワイナリーにやってきたのは、農業や酒造りへの興味、そして山口さんの事業への想いに共感があったからだ。

何でも屋として縦横無尽に対応するなか、発信作業は大きな役割の一つ。どんな些細なことでも、継続的に伝え続けることを心がけている。

武関さん「普段からSNSで発信していますが、とにかく継続させることが重要だと思っています。地元の人はよく知っていると思いますが、地域の外の方は『常陸太田はブドウが有名』とは知らないと思います。だから、こんな作業をしました、ブドウが色づいてきました、といった小さなことでも発信を続けることが、この地の魅力やワイナリーの存在に気づいてもらうきっかけになります」

また、日々の業務の中で生まれる、地域の人のコミュニケーションも欠かせないもので、武龍ワイナリーが地域と良い関係性を育んでいくうえで大切なものだと感じているそう。

武関さん「ブドウ畑で仕事をしていると、近所の方によく話しかけられます。今どんな作業してるの?もうそんな時期だね。ワインはいつからつくり始めるの?といったとりとめのない話が多いですね。そんな会話でも、大切に続けていくことで、地域の皆様に武龍ワイナリーを受け入れていただくためには大切なこと。小さなコミュニケーションを大切にすることが、地域との関係性を育んでいくのだと思います」

ワイナリーがあるからこそ地域に生まれた展開

ブドウ畑の作業ボランティアには、茨城県内からはもちろん、千葉県、神奈川県からもはるばるやってくるのだそう。


武龍ワイナリーができたことで生まれた展開も多いと3人は語る。

たとえば、ブドウ収穫体験ボランティアに市外や県外から定期的に人が訪れることや、生食ブドウのシーズン外でもワインを求めこの地に足を運ぶ人が現れたのは、今までに無かった展開だ。「里山ではなかなかお目にかかれないような高級車でいらしてくださった方もいらっしゃいます」と山口さんも振り返る。

さらに、地域のブドウ農家からの依頼で、傷などで生食用として出荷できないブドウを活用したワイン造りも行った。

生食用ブドウは、味はもちろん見た目も重視される。傷が入ったり、色が悪かったりすると、安全に美味しく食べられるにもかかわらず、廃棄されてしまう。そこで、武龍ワイナリーが廃棄されるブドウを買い取り、ワイン造りに活用。

山口さん「地域のブドウ農家さんから買い取らせていただいた『見た目が悪いだけ』のブドウは約6トン。そこから約6,000本ものおいしいワインを作りました。地元にあるブドウのブランドを守りながらも、資源を余すことなく活用できました。武龍ワイナリーは地域の事業としては新参者ですが、地域の一員として頼っていただけてありがたいです」

ワイナリーの立ち上げ当初から開催したいと考えていた、茨城県の食とコラボレーションした「メーカーズディナー」も、実現に近づいているそうだ。メーカーズディナーとは、ワインの作り手から説明をうけながら、食事とワインを深く楽しむイベント。

山口さん「茨城の豊かな食材と武龍ワイナリーのワインを合わせると、大きな訴求力になると思います。何件か開催の声を頂いているので、ぜひ実現させて、皆さんに茨城の味を楽しんでいただきたいですね」

次世代のために盤石な事業基盤をつくる

茨城と言えば武龍ワイナリー。そう認知されるために、おいしさだけでなくネーミングにもこだわる。たとえば、リンゴ農家とコラボレーションしたシードルは、リンゴの原産地名ではなくあくまで「”いばらき”りんごシードル」と名づけた。そこに山口さんたちの野心としたたかさが垣間見える。


100年続く企業を作りたい。その想いを共にする3人が作っていく武龍ワイナリー。

立ち上げた当初、山口さんは「まずは5年ぐらいかけて社風を確立させたい」と直近の指針を考えていた。事業を進めながら「実は混迷を極めていまして」と語るが、その口ぶりは、どことなく楽しそう。

混迷を極めながらも、まずは経営者である山口さんが、考えや想いを社員たちに語り続けながら武龍ワイナリーのあり方を作っていきたいのだそう。経営もワイン造りも、地域との関わり方の考え方も、社員それぞれの中から自然と出てくるようにしたいという意図だ。

山口さん「100年先を見据えて考えの言語化も必要かもしれませんが、ぶれない軸のようなものを作りたいですね。お客様と接しながら、地域のワイナリーで働く一員としての自覚はみんな持っています。でも、真夏は35度の暑さの中農作業をするわけで、『なんでこんな暑い中作業しなきゃいけないんだ?』と思うことだってあると思うんですよね。そんなときでも、『全てのお客様に、おいしいと言ってもらいたいから』と立ち返れる想いがあれば、100年に向かう原動力になっていくと思うんです」

次世代にバトンを渡す前に、「まずは武龍ワイナリーのワインを茨城に網羅させたい」と山口さんは意気込む。ここでいう「網羅」とは、スーパーマーケットに当たり前に並び、飲食業界からも認知されている状態。今後約5年の達成を目標にしているのだそう。

山口さん「まずは『茨城といえば武龍ワイナリー』と言われるようになりたいですね。私自身、流通の世界で培ってきた知見があるので、『これぐらいワインの本数が出て認知されれば経営的に大丈夫』というところまで会社を組み立てていきたいです。きちんと収益のベースをつくることで、次世代が自由な発想でこの地域と武龍ワイナリーを盛り上げられるはずです」

地域と共に歩む長い道のりの、最初の道筋を作っている山口さん、成田さん、武関さん。ワインをきっかけに、これからどんなつながりが生まれ、どのようにバトンが引き継がれていくか、末永く見守っていきたい。

 

PROFILE

THINGS

武龍ワイナリー https://buryuwinery.com/


茨城県常陸太田市瑞龍町に生まれたワイナリー。
ブドウ畑から始まる美味しいワインづくりの奥深さを、職人と、街の人と、瑞龍町に惹かれる人々とで分かち合いながら、100年先につながる人の輪を育み続けてゆく。

自社のヴィンヤード(ブドウ畑)では、地域の気候と土壌を活かし、カベルネソーヴィニヨン、メルロー、ピノ・ノワール、ピノ・グリなどワイン用ブドウを栽培。

ワイン用ブドウのみで作る「瑞龍(ずいりゅう)」シリーズのほか、地域で採れた巨峰やマスカット・ベーリーAを使用した「常陸の恵み」シリーズ、茨城県立常陸太田特別支援学校との協働栽培プロジェクトにより生まれた「あしたのわいん」などを製造販売している。
他にも、茨城県のリンゴ農家とコラボレーションした、リンゴ農家それぞれの個性が引き立つ「いばらきりんごシードル」も製造販売中。

INTERVIEWER

佐野匠

1985年茨城県下妻市生まれ。20代半ばに東京から地元に戻るも、キャリアもスキルも学歴も無かったため、悩んだ末にボランティア活動に参加し、その中で写真、文章、デザイン、企画、イベント運営などのノウハウや経験値を蓄積。最近やっとライターやフォトグラファーの仕事を頂けるようになりました。カッコいいと思うものは、マグナム・フォトとナショナルジオグラフィック。

Photo:鈴木潤(日立市出身)