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茨城のヒト・コト・バ PEOPLE, THINGS, SPOTS OF IBARAKI
一般社団法人まちのこ団 代表理事
増田大和さん
ビジネスで実現をめざす、子どもの原体験を育むあそび場のインフラ化
地域の事業の中には、社会をより良くするソーシャルグッドを目指すビジネスがある。より良い社会づくりを、ボランティアではなくビジネスとして成立させていくためには、どんな意識や取り組みが必要なのだろうか。今回は、全ての子どもや若者が自信をもって生きる社会をデザインするため「あそび場を社会のインフラにしたい」という大きな目標に、今まさに向かっていく途中の茨城県プレーヤーをインタビュー。事業で積み重ねてきたこと、そして事業への想いを伺った。
「あそび」を通じて社会をデザインする
「子どもの原体験を豊かにする」というミッションステートメントを掲げて事業に取り組む、一般社団法人まちのこ団(以下、まちのこ団)。
メイン事業は、「コミュニティプレイバス-移動式あそび場-事業」。
まちのこ団が、にぎやかなカラーリングでひときわ目を引く「コミュニティプレイバス」で、イベントやスポーツ施設、商業施設など依頼主の要望に応じてさまざまな場所に乗り付け、あそび場を展開。あそび場では、あそびの環境をつくる専門家プレイワーカーが、やってきた子どもたちを見守り、時に一緒にあそんだり、親御さんや地元の方などとも交流しながらも、あそびのきっかけを創造する。
さらにこのあそび場は、地域の人々の交流を生み出すきっかけにもなっている。あそび場は多様な人々を受け入れるオープンな場所。そしてあそび場の作り手であるまちのこ団がいることで、訪れた人同士がフラットな関係性で繋がれる。だからこそ、交流が生まれやすくなるのだそう。
ほかにも、地域の居場所作り「拠点式場づくり-まちのこベース-事業」や、多様な視点からまちを豊かにする「企画運営まちづくり事業」も展開。
代表理事の増田大和(ますだ・やまと)さんは、事業を通じて、アソビニケーション(あそび体験×コミュニケーション×まちづくり)を実践しながら、子どもの貧困・教育格差・子どもの居場所・子ども食堂・発達障がいを持つ子どもたちに向けた取り組み、災害支援、福祉といった社会課題を解決し、全ての子どもや若者が自信をもって生きる社会を目指している。
「あそび場」こそ原体験を育む社会インフラ
「すべての子どもや若者が自信を持って生きる社会」という未来を実現するために、増田さんが目指しているのが、「あそび場を社会のインフラにする」こと。
「インフラ」とは、社会や経済、人々の生活基盤となる、世の中で必要不可欠なもの。一方で「あそび」と聞くと、日々の暮らしや仕事、勉強に比べ優先度が低く感じられる。それを、増田さんはなぜ「インフラにする」と考えるのだろうか?
「あそびは、会話よりも簡単にできるコミュニケーションと学びの手段。スポーツやアートのように特別なスキルが無くても実践できます。あそびの中で小さなチャレンジを繰り返しながら『上手くできた!』という成功体験や、『どうすれば上手くいくんだろう?』を考えるきっかけとなる失敗体験を積むことができます。ケンカをしたり、痛い思いをしたりすることも大切な体験ですね。そんな原体験の積み重ねが社会の中で生きる力を育んでいく。だからこそ、『あそび場』も社会インフラとして普及させる必要があると思っています」
あそび場が社会のインフラとして機能しているまちの一つが、ドイツなのだそう。ドイツでは、集合住宅の中に広場が設置され、日常的に地域の大人や子どもたちが外に出て、交流しやすい環境になっている。また、「移動式あそび場」発祥の地でもあり、全国の市町村に1台はあるといわれるほど普及している。
そんな事例を参考にしながら、まちのこ団では、依頼主のニーズと想いをくみ取り、子どもたちの原体験を育むあそび場を作り続け、日本での社会インフラ化を目指している。
地域活動を経て、起業スクールに挑戦
まちのこ団設立は、増田さんの大学時代の経験がきっかけだ。当時、千葉県市川市で暮らしていた増田さんは、東日本大震災による非常事態を経験。非常時の大変さを痛感した一方、自宅の生鮮食品が不足する中、同じマンションの住人から牛乳を分けてもらった経験や、災害ボランティアを通じて、人との繋がりの大切さを実感したのだそう。そこから今に繋がる活動が始まっている。
その後、「自分でも何かできないか」と考え、防災イベントや、千代田区神田淡路町の再開発プロジェクトに参加。もしものときに助け合えたり、声を掛け合えたりできる関係性作りにも興味がわいていった。
大学を卒業し就職してからも、増田さんは土日を使い、学生時代からの仲間たちとイベントを企画していた。そこで関わっていたのが、日本で初めて移動式あそび場を導入したNPO法人。災害を契機に関わるようになった団体なのだそう。
増田さんは、その活動を見習いながら、「人が多い都内でも移動式あそび場が求められているなら、少子化や、過疎や孤立で繋がりが薄れつつあるなど、いわゆる課題先進地域である地方では、より必要とされるのでは」と感じたそう。
そんなとき、茨城県が主催する起業スクール「茨城県北ローカルベンチャースクール2019」を知り、移動式あそび場を事業構想の中心に据えてエントリー。
「大学では政治哲学を学びながら、課外で地域活動をしながらも社会に対して漠然としたモヤモヤを抱えていました。大学卒業後は、1年間のカナダ留学を経て、幼児教育会社に入社し、転職のタイミングで心身を鍛えるために自衛隊に入隊。その後貿易会社に転職しましたがハードワーク過ぎて体を壊し入院。『もうすぐ30歳になるけど、これでいいのか?』『今は何も持っていないし、力もなにもないけど、いずれは起業したい』と考えていたタイミングに出会えた起業スクールは、大きなチャンスでしたね」
そしてエントリーと同時に茨城県に拠点を移し、「まちのこ団」として活動を始めた。
ちなみに、まちのこ団という名は、学生時代に所属していた団体の名前「まちのこ」からとられている。そしてそれは、学生当時に出会った地域の人が語った「人はみんな、まちに育まれる大切なまちの子どもなんだよ」という言葉から名づけられた。
発信も数字も提案も、持続的なビジネスのために実践
茨城で活動を始めて以来、地道に事業を続けながら実績も残してきた。
茨城県北ローカルベンチャースクール2019では優秀賞を受賞。2020年はクラウドファンディングで事業資金調達も達成したほか、茨城県北起業型地域おこし協力隊として活動スタート。2022年には法人格を取得し、「一般社団法人まちのこ団」に。2023年にはBusinessChallengeProgramにて優秀賞と審査員特別賞のダブル受賞。
2023年1月31日に地域おこし協力隊の任期を終え、独立し事業を展開している。
まちのこ団は、社会に対して良いインパクトを与えてゆくソーシャルグッド事業。その事業を継続させるため、価値を伝えるための様々なトライアンドエラーをしてきたそう。
そのひとつとして、あそび場の価値を伝えるときには、「あそび場で生まれる原風景」の話をするのだそう。
「例えば、経営者や依頼主に対して、一度は遊んだであろう鬼ごっこを例に挙げて話します。走り回っているだけなのに『自分の足の速さや走ることの楽しさに気づく』『人それぞれの能力には違いがあることに気づく』といった原体験が生まれることは、共通認識として互いに理解しやすいですからね。そこから連想して、『そういえば、最近は子ども同士で外で遊ぶ機会が減ったかもしれない』といった話題に繋げながら、あそび場の価値の話を深めていきます」
想いや考えと同時に、エビデンスに基づいた話をするために、まちのこ団のブックレットも作成。事業紹介だけでなく、まちのこ団の利用者数、あそびや居場所の効能、子どもたちが抱える社会課題などを数値で掲載している。
依頼主との信頼関係づくりも欠かさない。
「安心して使えるあそび場づくりはもちろん、依頼主の課題を、まちのこ団の視点からも分析して提案しています。この場所にあそび場をつくることで課題をどのように解決できるかを丁寧に話し合って、お互いにその場所にかける気持ちの温度を高めていきます」
プロサッカーチームの試合会場であそび場を作ったときは、依頼主の「たくさんのお客様に観戦に来てもらいたい」という課題を元に、「親と一緒に試合を見に来たけど、途中で飽きてしまった子どもたちの受け皿となるあそび場」を展開。当日は、ハーフタイムが終わってもあそび場に夢中になっている子どもがいたほどだった。
ほかにも、コミュニティプレイバスの「親子が集まるあそび場」という特徴を活かしたマーケティング調査事業も開始。まちのこ団がアンケートを担当し、あそびに来た家族に生の声を伺い、依頼主のサービス価値向上に繋げてゆく。
茨城に活動の場を移して以来、コンテンツのブラッシュアップはもちろん、動画、写真、文章を使った発信を行いながら、事業を続けてきた。それでも増田さんは、「まだまだ出来上がっていません」と自分に厳しく振り返りながら、あそび場のインフラ化を目指している。
あそび溢れるまちを目指してバトンを繋ぐ
全ての子どもや若者が自信をもって生きる社会を目指し事業を進める増田さん。大きなゴールとして、まちのこ団が無くても、まちなかにあそび場が当たり前のように存在する社会を目指している。
そこにたどり着くために、まずは今後5年で茨城県内のコミュニティプレイバスを増やし、地域ごとのあそびの拠点を増やしていきたいと意気込む。そのために想いを共にしながら活動する仲間も求めている。
直近の具体的な目標として、「茨城県内で動けるコミュニティプレイバスを1台から3台に増やす」「大子町、ひたちなか市に続いて、つくば市にも新たなあそびの拠点を作る」を掲げている。
「あそび場から交流の機会が増えて、これまでまちに埋もれていた面白い人たちも活躍するようになると思います。そしてまちそのものが、暮らす人同士がいろいろなことを教えあう、学校のような場所になると思います。そうやってあそび場をきっかけに、みんなが原体験を豊かにするまちを創っていくことで、みんなが『まちのこ』になっていくのかもしれません」
増田さんは、起業スクールではほぼ全ての講師から「まちのこ団の事業はお金にならない」と厳しい指摘を受けていたそう。当然、指摘を受け「自分はできないかもしれない」という不安もある。
それでも続けていけるのには理由がある。もちろんインフラ化を目指して事業を進めているが、もし仮に達成できなくても、他の誰かにバトンを渡していく繋ぎ手の役目を果たせる。そしてなにより、この事業は世の中に絶対必要だと強く信じているからだ。
厳しい指摘を受けてもなお、改善しながら事業を続ける。そんなしぶとさが増田さんにはある。
「ソーシャルグッドを目指した事業をしていると、会社ではなく人そのものを信じて依頼してくださる方もいます。僕に対しても、『増田なら絶対あきらめないよね』と思ってくださる方もいるかもしれません。僕自身まだまだ未熟で、少しずつできることを増やしていっている途中ですが、事業をする『人』が前に出てくるからこそ、まちのこ団の軸はブラさずに、周りの方々からの信用や信頼に応え続けていきたいですね」