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古民家レコードショップ『MELLOW』
岡崎直人さん
大好きな80年代の世界観を詰め込んだ大子町のレコードショップ
久慈川上流の盆地に位置する大子町は、里山に囲まれた地域。歴史を感じる建物が残るのどかな街並のなかに、古民家レコードショップ『MELLOW』(以下、MELLOW)がある。
クールなシティポップが流れるレコードショップと、自然豊かな大子町。意外な組み合わせに思えるその二つが、MELLOWではまろやかに調和している。
店主の岡崎直人(おかざき・なおと)さんこだわりの80年代・90年代のカルチャーが溢れる店内で、好きなことを体現するお店づくりについて伺った。
実家の古民家を改装、理容室と隣り合わせのレコード店

壁面のレコードのジャケットがぴったり収まる棚も岡崎さんの弟によるお手製のもの。店内のあちこちに80年代のシティポップの代名詞である永井博氏のイラストが飾られている。
古民家レコードショップ MELLOWは、2022年12月に岡崎さんの実家兼理容室の中に開店した。店名の「MELLOW」とは、ヒップホップ文化のスラングで、ゆったりとした柔らかい雰囲気を指す言葉。豊かな水田と里山からなる店の前景と、岡崎さんが作り上げた店内の心地良い空気感を体現しているようでもある。
かつて郵便局として使われていた築約90年の建物は、昭和レトロでキュートな雰囲気。開店に際して、岡崎さんの弟が天井の張り替えを行ったり、陳列棚を作ったりして内装を整えたという。
「このお店は弟と二人で作り上げたものなんです。内装のリノベーションは弟が担当して、私がネットを使って告知活動をしました。実は、開店までの準備期間は3ヶ月ほどの短期間でした。兄弟で得意なことを分担して準備を進めてなんとか開店できました。どちらが欠けても、上手くいっていなかったと思います」
店内には岡崎さんが仕入れたレコードの数々と、岡崎さんの弟が集めたレトロ雑貨が所狭しと並んでいる。レコード好きにとっては心躍る空間が完成されているが、「まさか自分でも店を持てるとは思っていなくて」と岡崎さんは控えめに言う。
岡崎さんが夢の空間を作り出すまでに、どのような経緯があったのだろうか。
大子町で開店したからこそ、レコード好きの熱意が貫けた

レコードを取り出して探すことを専門用語で「ディグ(dig)る」と呼ぶ。慣れると手際よく探せるそう。
MELLOWの開店以前は、岡崎さんはつくば市で仕事をしながら暮らしていた。
中学時代からレコードが好きで、自宅に趣味で集めたレコードを数多く保管していたそう。
「私の場合は音楽好きというよりも、レコードやレコードを聞くまでに必要な行動が好きです。例えば、色々なショップを回って掘り出し物の一枚を探すことも、レコード好きならではの行為。それからレコードはプレーヤーで聞いてみるまでどういう音かわかりませんから、購入してから聞くまでずっとドキドキしています。そのときの期待感も好きですし、何よりもレコードに針を落とす瞬間。この時がもう最高に好きなんです」
長年のレコード愛が積み重なり、岡崎さんの手元には3000枚以上のレコードが集まっていた。いよいよレコードの置き場に困りはじめたが、今まで大事に集めてきたレコードを業者に売るというのは寂しく感じられて、なかなか手放せずにいたという。
「ひとつひとつ時間をかけて集めたレコードを、業者にまとめて売り払ってしまうのは何となく嫌だなと思っていました。でも、もし自分と同じようにレコードが好きで、気に入ってくれる人に譲ることができるなら機会があるなら。そう考えたときに、お店を作って自分の手で直接売ってみようかと思ったのが、開業を考えたきっかけです。そこへコロナ禍が重なって前職を続けることに迷ってしまい、ずっとやりたかったお店を始めるなら今だろう、と思いました」

MELLOWで取り扱っているレコードの一部。邦楽・洋楽はもちろん、映画やアニメのサウンドトラック、ジャズ、クラシックと幅広い。中には、物語を朗読する読み聞かせのレコードもあるそう。
最近では、星野源、あいみょんをはじめ2000年代以降にデビューした有名アーティストが、新曲のアナログレコード版を販売するという流れもあり、若い世代の間でもレコードがブームになっている。そうした時流的な背景も、岡崎さんの決断を後押しした。
「好きなことが仕事になったら理想だなとは長年考えていました。ただ、自分のレコードショップを持つのは無理だろうと思っていたところもあります。普通に勤めていると日々の生活に追われて、夢を諦めることの連続ですからね。それでも好きなことを続けていこうと前向きに考えていれば、きっと良い方向に向かうと思っています」
また、大子町で開店できたことも岡崎さんにとっては良い結果になったという。
「店舗の家賃がプレッシャーになるような状況では、自分の好きなやり方で開店できなかったでしょうね。大子町だからこそ実現できたお店だと思っています。テナントを借りるにしても、家賃が安いところで始めるというのが、好きなようにお店を始めるこつかもしれません」
「今日、メロってる?」 音楽ファンにも地域の人にも親しまれるレコードショップ

好きな音楽の種類や歌手を伝えると、岡崎さんがおすすめの楽曲を選んでくれることも。
MELLOWには観光の途中で偶然立ち寄った人から、ミュージシャン・音楽関係者まで、県内外から様々な人が訪れている。岡崎さんが作り上げた居心地の良い店内で、すみずみまでレコードを探していくお客さんも多いという。
「初めてきたお客様とはできるだけ多くコミュニケーションを取りたいと思っています。どういう音楽がお好きなのか聞いて在庫を案内したり、逆にお客さんから音楽について教えてもらったりすることもあります。私自身、お客様と音楽について話せるのがとても楽しいのですが、お客さん同士での会話が弾んでいるのを見るのもうれしい。MELLOWに来るという意味で『メロ(MELLOW)ってる』という言葉もお客様の間で生まれているみたいです。お店でSNSで知り合いだったお客さん同士が偶然居合わせることもあるし、レコードを通じた交流の場になっています」

店舗はJR水郡線下野宮駅のすぐ近く。福島県まであと数キロの場所にある。MELLOWは茨城県で一番北にあるレコードショップかもしれない。
岡崎さんはSNSを通じて生まれるつながりも大事にしたいと考えているそうで、お客様による店内撮影と投稿も大歓迎。中古レコードは流通量が限られているものも多いため、求めている人が見つけやすいように、積極的にお店のSNSを更新して入荷在庫をお知らせしている。
お店づくりで一番大事にしていることは「また来たいと思ってもらえるような接客をすること」だと話す岡崎さん。店内には、在庫ある楽曲で組んだプレイリストが流れており、その場で気になった曲のレコードを探してもらうこともできる。あらかじめ、在庫のプレイリストを音楽配信サービスでチェックしてから来店するのもおすすめだという。
岡崎さん自身がレコードファンだからこそ生まれた、音楽好きにとってうれしいアイデアだ。

店内で気になるレコードがあると、カウンターに設置されたプレーヤーで視聴させてくれる。街でイベントが開催されたときは、岡崎さん自身も出演しDJパフォーマンスを行う。
開店から約一年で早くもファンの間で広まり、他県からの来客も多いMELLOWだが、地域の人々ともイベントなどを通じて関わっていきたいという。
2023年5月には、同じく大子町の古民家を活用した、コーヒーと家具のお店 hajimariの開店1周年記念パーティーでDJパフォーマンスを披露。その際にはMELLOWのお客様も一緒にDJとしてイベントに参加したそう。
「都市にあるようなレコードショップよりもこぢんまりとしている分、MELLOWではお客様との距離が近くて、すぐに仲良くなれます。だから興味を持ってくれたお客さんには一緒にDJをやろうって声をかけて、今後もイベントを企画できたらいいなと思っています」
これからMELLOWの開店1周年を記念したイベントなどを企画していきたいと話す岡崎さん。お店を持てたからこそ、たくさんの構想がふくらんでいる。
寝ても覚めても好きなことを仕事にする

間仕切りの向こうには、岡崎さんの実家が営む理容室が見える。現在も現役で営業しており、「顔剃りのときに椅子を倒すと、お客さんの頭がMELLOWの店内にはみ出す」とのこと。
東京からのお客様にも「高速代をかけても訪れたい」と言わしめるMELLOW。毎週のように来店するファンもいるそうだ。
岡崎さんは「わざわざMELLOWのために大子町に来てくれる人が多いので、また来てほしくて、ついついおまけしちゃうんですよ。少しでもいい思いをして帰ってもらいたいんです」と、笑顔を見せた。
これからもレコードファンの要望に応えられるよう、さらにリノベーションを行い、在庫を増やしていく予定だという。
休業日には色々な場所を巡ってレコードの仕入れを行っているという岡崎さん。
「寝ても覚めてもレコードのことを考えているんです。だから今は毎日好きなことをやれていて、贅沢だし幸せだなと感じる日々ですね」と楽しそうに話す。岡崎さんのお店づくりの根幹には、レコードへの揺るがない愛情がある。
「何の分野で開業するにしても、結局そのものを好きな気持ちがとても大切だと思いますね。好きならば時間をかけることも苦ではないはず。一度儲かるかどうかなんて度外視して、全力で取り組んだ結果、夢も実現しやすくなるのだと思います」