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塚田慎さん

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一般社団法人いまぼくらと 代表理事

塚田慎さん

移住者と地域の人が一緒に生き生きと輝く、そんなシーンをたくさん見たい

移住支援の仕事をする人は、何を大切にしながら、より良い移住の実現や、移住者と地域のより良い関係性づくりに貢献しているのだろうか。都市部から地方に生活拠点を移し、そこで新たな生活を始める地方移住。その言葉が珍しくなくなった今、改めて移住支援に携わる人の役割を伝えたい。今回は、移住支援に携わる一般社団法人いまぼくらと(以下、いまぼくらと)代表理事の塚田慎(つかだ・しん)さんに話を伺った。

「必要な時に必要なお手伝い」で豊かな移住の実現を支える

お試し移住制度があるとはいえ、移住は自分が知らない土地に行き暮らし始めること。「移住者が、この地で暮らしを始めたときから頼れる人が複数いて、一人ぼっちにならないようにするのが理想かな」


「移住支援事業とは言いますが、支えるというか、必要なときに必要なお手伝いをしています。僕は人を支えられるほど大きな男ではないですしね」

そうはにかみながら語る塚田さんは、一般社団法人いまぼくらとの代表理事として、常陸太田市を中心に移住支援を行っている。

地方移住の理由は、自然環境との接触、仕事と生活のバランス向上、子育て環境の向上、地域資源を活用したビジネス作りなど様々。いずれにせよ、自分たちのより豊かな暮らしを実現する選択肢として地方移住がある。

しかし移住希望者は、希望と同時に、慣れない地域への不安や実現への課題を抱えている。また移住後も、不慣れな場所で続いていく暮らしに、心細さを抱くこともあるだろう。

そんな方々に対して、ほど良い距離感で移住のお手伝いをするのが塚田さんだ。移住するからには、豊かで幸せに暮らしてほしい。そんな想いを抱きながら、塚田さんは次の3つを軸に移住支援を行っている。

1つ目は、お試し移住施設「勉知庵(べんちあん )」運営と、それに付随した移住支援。
2つ目は、地域の人的資本経営などを促進する「地域の人事部」への参画。
3つ目は、気軽に移住相談ができるオンラインイベントの企画運営。

いずれも、相談者は何に困っているか、どんな移住を実現させたいかを丁寧なヒアリングを行い、「必要な時に必要なお手伝い」をする距離感で支援を実施。

「移住後は、移住者と地域の関係が長く続いていくわけですから、相談のときも、思いやりの気持ちは切り離せません。移住支援をする上では、移住者にとっても、地域にとっても、移住支援に協力してくれる仲間たちにとっても良い、三方よしを心がけています」

そんな塚田さんの移住支援について、詳しく伺った。

地域に暮らす人のエピソードが、情報と実感の差異を埋める

お試し移住施設「勉知庵」の外観。一棟を貸し切りにし、長期滞在しながら常陸太田市の暮らしを体験できる。名称の由来は、この建物の家主が飼っていた犬の名前「ベンちゃん」なのだそう。


移住支援事業のメインが、お試し移住施設「勉知庵」の運営。常陸太田市と共に運営している施設だ。

希望者は、勉知庵で実際に暮らしながら、常陸太田市の気候、交通、生活の導線、地域との繋がり、週末の過ごし方などを体感できる。

現在は、原則として1週間から4週間の滞在を前提に貸し出し中。一方で、子育て世代の体験ハードルを下げるため、また年間を通した地域交流を可能にするため、短期間の利用も構想中だそう。

勉知庵でのお試し移住希望者には、塚田さんがオンラインで事前ヒアリングを実施。何を目的に滞在するのか、滞在中に何を叶えたいのかなど、丁寧にニーズを明らかにしていく。

ヒアリングでは、移住希望者それぞれの世代や属性ごとに、さまざまな相談があるのだそう。

例えば、子育て世代なら、常陸太田市が実施する子育て支援はもちろん、治安の良さ、幼稚園や保育施設の充実、産婦人科の利用エピソードなども話題に上る。

仕事にまつわる相談もある。テレワーク環境の充実や、都内に出るまでの交通手段、移住と同時に転職をする場合の求人事情などがそうだ。

山が多い常陸太田市。その南部、小高い山がなだらかに連なるエリアに勉知庵がある。写真は、勉知庵から見渡した街の景色。景色も気候も、関東平野の平野部とは異なる様相だ。試しに暮らしてみると、気候、買い物などの生活環境、住む人の雰囲気など、観光では感じ取れない地域の在りようが見えてくる。


もちろん、これらの相談事は、インターネット検索や行政の相談窓口である程度は解決できる。しかし、それだけでは実感がわきづらく、地域に暮らす人々が実際に感じているリアルな気持ちは見えてこない。

そこで、情報と実感の差異を埋めるきっかけを作るのが塚田さんだ。

「例えば、常陸太田市の子育て事情が気になる方から相談を受けたときは、ヒアリングを経て、地域で暮らす相性の良さそうな方に『子育ての実体験の話をしてくれませんか』とお願いしています。すると、互いに共通点があるからお話も盛り上がって、最初の相談事から付随して、具体的な話題や出来事がたくさん出てきます。個人的なエピソードや、経験した方でないと分からない感情の揺れ動きも伝えられますね。ほんとうに、協力者のおかげです」

移住希望者に対して話をする地域の方の人選にも心を砕いている。相談の時間を、互いに楽しかった、話せてよかったと思えるものにしたいと塚田さんは語る。それも、移住してからも地域の人たちとともに安心して暮してもらうためだ。

塚田さんは、「僕なんて、人と人をくっつけてるだけですから」と自らを評する。

実体験を語る人がいないと、住民の数だけ多種多様に営まれる常陸太田市での暮らしを、塚田さんの経験則や一般論で伝えるしかない。そんな背景もあり謙遜気味に語るが、協力者に恵まれているのは、塚田さんの、仕事への誠実さの賜物だろう。

他にも、移住予定の物件から最寄りのスーパーマーケットまで一緒に歩き、実際の距離感や道の様子を体験してもらったり、常陸太田市に住み候補の就職先まで車で通勤した場合のシミュレーションも体験してもらったりするのだそう。

それらは「常陸太田市で暮らす」という状況をよく理解してもらうため。移住後の、こんなはずじゃなかった、という落胆の予防につながるはずだ。

移住に必要な「三つの要素」をイベントや相談で繋いでいく

勉知庵Webサイトには、実際に移住した人の声も掲載中。移住のメリット・デメリット、地域への馴染み方、事業継承の話題など、一人ひとりの体験から生まれたリアルな移住エピソードが語られている。


移住における、仕事にまつわる相談にも取り組んでいる。移住希望者のヒアリングを通じて、地域の企業や協力者とつなぎ、悩みを少しずつ解消していく。

その一環として参画しているのが、地域の人事部だ。これは、地域の支援機関、自治体等がそれぞれの強みを活かし一丸となって地域中小企業の多様な人材活用を推進する体制。

移住には、切り離せない三つの要素があるのだそう。それは、「地域との関係性・住居・仕事」の三要素。

塚田さんの事業の中では、これまで「仕事」に関する移住支援が手薄だったそう。そこで、もっと適切な支援を実現させるため参画した。

採用活動が売り手市場であり、企業の採用担当者も課題を抱えている一方で、移住希望者も自分の力を活かして移住後も充実した仕事をしたいと望んでいるはず。

「僕がワンストップで企業と移住者をつなぐ架け橋になれれば、勉知庵に宿泊しながら企業を訪問する、という暮らしと仕事を同時に考えられる移住体験が可能なはず。複業での関わり方も提案できるかもしれません。企業側も移住者側も、互いの良さを活かし合って、楽しく仕事を続けてほしいですね」

他にも、常陸太田市役所とともに、移住のオンラインイベントも企画運営している。移住に興味を持つ人々に、もっと気軽に常陸太田市と出会ってもらうためだ。

方向性は一貫して、「常陸太田市の移住者と、移住を考えている人が、互いに話せる場所」。イベント時は、聞き流しできるラジオのような雰囲気を心がけているそう。直近では、常陸太田市の自然環境を活かした暮らしをテーマに開催した。

実は、塚田さんも常陸太田市への移住者の一人。自然の魅力は、自身も実感を込めて語る。

「移住希望者の多くが『豊かな自然環境』に魅力を感じている。そんな関心ごとを汲み取り、市と協議しながらオンラインイベントのテーマを決めました。常陸太田市は自然が手に届くところにあるし、僕自身もその豊かさを実感しています。自然が身近にある暮らしは心地が良いし、子どもたちの成長にも、きっといい影響があると思います」

人の緩やかな繋がりが何かを生み出す瞬間をたくさん見たい

地元の移住者が開催した田植えイベントには塚田さんも参加。地域の方、移住者、常陸太田市外の方など多様な人たちが作業を共にし、そんな様子を「初めて会った人でも、同じ体験をするとすぐに仲良くなれる」と振り返る。


人と地域と寄り添いながら移住支援事業を行う塚田さん。支援を行う以上、もちろん移住者や地域の人々の、幸せで豊かな生活を願っている。

塚田さん自身「必要なときに必要なお手伝いをしているだけ」と語る。実際に、移住希望者や移住者が困っているときには全力で相談に乗るが、必要以上に気を使わない。

しかし、移住とは、知らない人ばかりの地域に入り、新たな暮らしを始めること。だからこそ移住者には、塚田さんに対しても、地域の人に対しても、顔の見える関係性を育みながら「いつでも助けを求めて大丈夫」と安心してもらいたいのだそう。

繋がりが必要なときは繋がり、そうでないときは1人でもいられる。そして、困ったときは助け合える。

実は、「いまぼくらと」の名前の由来は、人それぞれの人生を生きつつも、ときには互いに助け合えるような、緩やかな人と人との関係性を現したものだと塚田さんは語る。

社名への想いは、法人設立前の3年間に塚田さんが感じていた、人のつながりが生み出す「オフェンシブな面とディフェンシブな面」が元になっている。

「世界一の職人でも一人ではスカイツリーは建てられないけど、小さくとも一人ひとりの力を繋げば実現できるし、その中や周りに良い影響を与え合える。そんなオフェンシブな瞬間をたくさん経験しました。また、災害や個人的なトラブルがあったときも、仲間がいれば助け合えるし不安と一緒に生きなくて済む。すると気持ちも落ち着いて新たな挑戦がしやすくなる。そんなディフェンシブな面も経験してきました」

そんな経験を経て作られた、いまぼくらと。

これからも、色々な人たちと、力を活かしあったり、補いあったりしながら、お互いの良いところを尊重して生きていきたい。そんな想いを抱きながら、事業はこれからも続いていく。

自分らしく生き、住みたい地域で暮らし、互いを活かし、ときには助け合う。「それが社会の中で当たり前になって、いまぼくらとが社会に必要無くなったときが、僕のゴールですね」


塚田さんには、事業を進めた果てに、見たい景色があるという。それは、移住者同士や、移住者と地域に住む人々が生み出すコラボレーションの様子だ。

「移住はゴールではないし、移住後も暮らしは続いていきます。暮らしを続けながら、地域との緩やかな繋がりを育み、愛着が生まれてくると、移住者も地域の人も、より豊かに幸せな暮らしを送れるのではないでしょうか。それぞれの想いをもって移住してきた人や、地域に暮らし続けてきた人。それぞれが、違いを活かして協力し合いながら新しい何かを生み出していく、いきいきと輝いている瞬間を、たくさん見たいですね」

PROFILE

PEOPLE

一般社団法人いまぼくらと
https://bokurato.com/

茨城県下妻市→東京→愛知→東京を経て2017年に常陸太田市に移住した2児の父。地域おこし協力隊として移住へのお手伝いを始め、2020年に一般社団法人いまぼくらと設立。人のご縁に恵まれ、移住・兼業・複業・インターンシップなどのコーディネーターとして、人と人・人と企業・人と地域などの出会いに携わる。全ての起点は、スケボーSHOPのトイレに貼りつけられた「人と人が出会うと新しい何かが生まれる」というワードに感銘を受けたこと。トイレで人生が変わった男達の1人。

INTERVIEWER

佐野匠

1985年茨城県下妻市生まれ。20代半ばに東京から地元に戻るも、キャリアもスキルも学歴も無かったため、悩んだ末にボランティア活動に参加し、その中で写真、文章、デザイン、企画、イベント運営などのノウハウや経験値を蓄積。最近やっとライターやフォトグラファーの仕事を頂けるようになりました。カッコいいと思うものは、マグナム・フォトとナショナルジオグラフィック。

Photo:長谷川麻里絵(一部提供写真を除く)