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風間智さん

PEOPLE

Beach culture brewing

風間智さん

大洗からはじまる、クラフトビールが醸す海岸文化

大洗駅から歩いて15分。海水浴場からもほど近く、サーファーや観光客で賑わう大洗の中心地に「Beach culture brewing(ビーチカルチャーブルーイング)」はある。店舗の奥には発酵タンクが5台。大洗に移住した風間智(かざま・とも)さんがひとりクラフトビールを醸造する町内初のブルワリーだ。

クラフトビールは、小さな仕込み単位で醸造されるビールで、ブルワリーごとの特徴ある味わいが注目を集めている。ビールのバリエーションは、製法や原料の組み合わせで多岐にわたるが、作り手の感性が反映されやすいクラフトビールは、同じスタイルでも、まったく異なる仕上がりの個性を持つ。パッケージデザインの自由度も高く、その豊かな個性も人気の理由のひとつだ。
そのビールの自由なスタイルの中に、大洗の多様性や豊かな文化を見出した風間さんにお話を伺った。

「一生もの」の仕事に選んだクラフトビールの世界

「自分の性格を一言で表すなら飽き性。転職を繰り返した20代を経て、ふと『一生もの』の仕事につきたいと思ったんですよね。30歳を過ぎた時でした。でも、ただ長く続けられるだけの仕事では意味がない。生涯をかけて向き合える仕事がしたい、そう思っていた時に出会ったのが、クラフトビールの世界です」

そう回想するBeach culture brewingの風間さん。

クラフトビールを知った直接の経緯は今となっては思い出せない。クラフトビールは、小さな規模で醸造できるため、醸造所の数も種類も豊富。日本に先駆け世界のいたる所で、独自の文化やコミュニティを築いてきた歴史を持つ。クラフトビールが持つその背景は、風間さんをこの世界に「どっぷり」と傾倒させるに十分な説得力だった。

自らのブルワリーを持つにあたり、風間さんは開業資金調達のため大型トレーラーの運転手になることを決意。免許を取得後、2年間は寝る間も惜しんで働き、資金を貯めたのだそう。ちなみに、資金を貯めるにあたってもう一つの候補にあがったのはマグロ漁だったとか。


ビール作りを一生の仕事にしようと決めた風間さんは、当時鹿嶋市にできたばかりのブルワリー「Paradise Beer Factory(パラダイスビアファクトリー)」の門を叩く。醸造方法や店舗の運営を学んだのはもちろんだが、毎日のように畑に出てはビールの材料となる麦や野菜を育て収穫したという。在籍した4年の間、材料や仕込み方で毎回変わる発酵の様子や、条件によって毎日変化するビールの表情を見守り続けた。

風間さんは回想する。
「仕込み方もレシピも全く違うビールたちを見て、改めてクラフトビールの世界はなんて自由なんだろう、やっぱりいいものだなと感じましたね」

最初こそ、風間さんは独立して自分の店を構えるつもりはなかったらしい。しかし、ビールの自由さと多様性に導かれてこの世界に入った風間さんが、自分なりの「自由」をビールで表現することになるのは自然な流れだった。

海辺の街で、自由と潮風を感じるビールを

店を構えることに決めたのは大洗町。結婚後移り住んだ街であり、海が好きな風間さんにとって、10代の頃からサーフィンやデートに通っていた馴染み深い場所でもある。店名には自分が親しんできた大洗の海と、それをとりまく文化への尊敬と願いを込めて「ビーチカルチャー(海岸文化)」を冠した。

Beach culture brewingの店舗があるのは、マリーナや海水浴場にほど近い商業施設の一角。この場所を選んだ理由には、震災以降テナントに空きが目立つようになった街の中心地へ、人の流れを取り戻そうという意図もあったという。

「サーフィンをするので、今も昔も大洗の海に入ることは好きなのですが、何よりこの場所が持つ、漁師町特有とも言える雰囲気が気に入っているんです。住む人もどこか余裕があって落ち着いているし、円熟した穏やかな時間が流れているからか、肩肘張らずにリラックスできる空気がある。そして、本当に色々な人がいるのが良いですね。たまに、朝からお酒を飲んでいる人もいたりして、そんなところさえも好きなんです」

大洗の街と多様で自由なクラフトビールの世界とが、どこか重なって見えるそうだ。

カウンターのすぐ奥には醸造設備がある。現在は風間さんがひとりで醸造から瓶への充填、店頭での販売までをこなす。発酵タンク等の整備にはクラウドファンディングも活用した。


そんな風間さんのつくるビールには明確なテーマがある。「潮風にあたりながら飲むビール」だ。飲みやすいこと、海に限らず街の様々なシーンで選択できる自由なビールであることが目標なのだと言う。

ビールづくりの姿勢もまた、自由。レシピ開発の方法を聞くと「イメージでつくってしまうことも多い」と照れくさそうに口を開いた。

「ビールは本当に奥深くて歴史も長いので、製法も材料の組み合わせも無数にある。それぞれに、先人たちが生み出した作り方のセオリーや定義があるので、基本的にはそれをなぞるようにしています。ですが、最終的な判断は自分の味覚に委ねることが多いですね。ビールの定義にあっているかよりも、僕が『好きな味かどうか、美味しいかどうか』をより大事にしたいんです。飲む人も、作り手の僕も、醸造方法や材料の定義など難しく考えずに、思うままに自由に感じられたらそれで良いのかなと思っています」

朗らかなビールづくりへの思いの端々に、自由を語る風間さんの思いが溢れる。潮風にあたりながら飲むビール。風間さんが目指すのは、潮風が通り抜けるこの街の、あらゆる場所にそっと寄り添うことができるビールや文化だ。

クラフトビールは一期一会

「クラフトビールの世界は一期一会。ここへ来るたびにビールは色々な顔を見せてくれる」

ある日、店にやってきたお客さんが言ったらしい。

ブルワリーによって違う味の個性はもちろんだが、季節や仕込みの際の材料や、酵母の状態によっても味に変化が出るのがクラフトビールの持ち味だという。クラフトビールの世界にはその「ブレ」さえも好意的に受け入れてくれる懐の深さがある。

風間さんも、ビールの仕込みに使う酵母を語る時「まるで人間のようだ」と愛おしむような表情で口にした。使用する酵母ごとにそれぞれ味や香りに個性があるし、時には「機嫌が悪い」と感じることもあるそうなのだ。

実は、店内の壁やビンのラベルに描かれている5人の個性豊かなキャラクターたちは、その酵母たちの姿。彼らは風間さんが醸造するビールをイメージした存在でもあり、大洗やひたちなかにいる文化人がモチーフだ。イラストは、同じ茨城県内でも海岸線上に続くひたちなか市出身のイラストレーターの手によるものだという。

現在ビールは9種類。茨城県特産の干し芋や栗を使用したビールも積極的に開発している。それぞれスタイルが異なる定番の5種も、毎回レシピの試行錯誤を続けているそう。最近では、スタイルの一つIPAがバージョンアップしたばかり。※IPAとは、ホップを大量に使用して作られるビールの一種。ホップの苦みと香りが特徴的。


「人間の個性や多様性と、酵母たちの自由さ、クラフトビールの多様性が重なる気がするんです」と語る風間さん。大洗の海岸文化をみつめる風間さんが「ビール」をツールに選んだひとつの理由かもしれない。

この街の「らしさ」をここから広げたい

風間さんにとって大好きな街であり、色々な人の存在に心惹かれる街でもある大洗。とはいえ、Beach culture brewingがあるのは、海岸の海の家でもなければ、繁華街というわけでもない、街中の商業施設。食料品店や服飾品、雑貨を扱う店の並びにあって、「クラフトビールの醸造所とタップルーム(醸造所併設のバー)」という風間さんの店は、ここではやや目立つ存在なのだそう。異質な存在と認識されているであろうことは、自身も度々体感するそうだ。しかし、風間さんはそれを気に留めることなく、静かに目の前にある仕事に向き合う。目線の先には、すでに次のステップをのぼる大洗の姿があるようだ。

「私自身、良くも悪くも、周りからは、少し変わった店と店主だと見られていると思うんです。でもこの場所があることで『この町には変わった人がいるんだろうな』『面白い場所が他にもあるのかな』と大洗に対して今までと少し違った印象を持つ人も増えるのではないかと期待しています。新しいことを始めたい人も、大洗でならアクションが起こしやすいと思ってもらえるのではないでしょうか」

大洗のランドマーク・大洗マリンタワーもほど近い街の観光の中心地に店舗がある。「クラフトビールの愛好家はもちろんだが、サーファーから、キャンパー、アニメファンに観光客と老若男女多様な人がやってくるのが面白い」と風間さん。


現在の場所に店舗を構えたのは、鹿嶋市のParadise Beer Factoryで働いていた頃、鹿島神宮へとつづく参道の雰囲気が、その店舗ができて以降徐々に変化していったのを間近で見ていた経験も影響しているそうだ。

「変わった店」と風間さんが語る店舗の内装は、DIYで作り上げたもの。店内は、着想の時点では、独自の海岸文化を有するカリフォルニアや鎌倉、市内に70以上のブルワリーを持つポートランド、影響を受けたブルワー(クラフトビール職人)のいるデンマークの雰囲気に影響を受けたそう。しかし、店のスタイルをそれらに似せることはしていない。

「この店を作る時、僕の好きな文化が根付く地域や、ブルワリーの様子を参考にはしたのですが、具体的にその中の、どの要素が今反映されているのかというと、自分でもよく分からないんです。既にあるものを再現したというよりは、これから、ここで『大洗らしさ』を作ってゆく途中の段階なのかもしれませんね」

文化は自然と生まれるもの

「大洗らしい」スタイルをつくる。そう語る風間さんが見据えるのは、Beach culture brewingの名が指す通り、大洗での海岸文化醸成への一歩だ。

海岸文化について風間さんが語る時、モデルとなるほかの街でケースとしてあげたのは、鎌倉やカリフォルニアのような誰もが「海」を連想する都市だったが、それらの共通点は意外にも、海に限らない文化を持つところにあると捉えているのだと言う。

「例えば、カフェやバーのような飲食店、ファッション、その街のバックグラウンドとなる歴史もそうですね。サーフィンや海水浴だけでは無いその街を形作る要素全てが『海岸文化』なのではないかと僕は思うんです。当たり前のように『海が生活の一部となっている状態』とも言えるかもしれません」

壁に描かれたキャラクターたちは、左からSurfer、Fisherman、Ukulele、Playboy、Farmerと名付けられている。それぞれが酵母と風間さんがつくるビールのスタイルをあらわしたもので、ビールのラベルにも共通して描かれている。「世界にはいろんな人がいて、それで社会が成り立っている。それをビールで表現したかったんです」と風間さん。


海岸文化への憧憬を込めてつけられたBeach cultureという名前のその奥には「文化を自分が作るとは思っていない」という風間さんの想いもある。

「『文化』は誰かが作る物でも、作れるものでもなくて、好きなものや良いと思うものが似た人たちが集まることで自然と生まれるものなんだと思うんです。ただ、僕がつくるクラフトビールの『多様性』や『自由』がその役にたったら、それは本当にうれしいことです」

多様な人が集まる過程で生まれる共感や、理想によって生じるものがある。クラフトビールから派生するコミュニティは、その文化の形成にきっと一役買うことだろう。

このブルワリーが、文化が生まれるきっかけになるといい

大洗に店を構えてから1年足らず。オープン以後もコロナ禍は続き、全てが予定通りと言うわけではなかった。だからこそ、これからやってみたいことはまだまだ尽きない。

「コロナ禍で開業は遅れましたが、まず、第一歩として自分の店をオープンすることは出来ました。今後は、自分の店舗運営以外にも、海辺を使った音楽イベントやビーチクリーンなど、大洗の町や資源を広く使った活動が始められたらいいなと思っています。お客さんからメンバーを募ってジョギングのサークル活動もしてみたいですね。大洗には面白い人もいますし、楽しい文化が醸造される土壌が確かにありますから」

海との付き合いは「楽しむ」ことだけでなくてもいい。風間さんは、考えに行き詰まった時や悩みがある時にも海に向かう。広い海と向き合うことで、頭がリセットされる感覚があると語ってくれた。


それをきっかけに何かが生まれてほしい。その先に、目指す文化やコミュニティがある。今、この場所から少しずつ大洗を面白がる多彩な関係が広がってゆくところだ。

最後に、今後の店での展開について聞くと「ビールの原料となるレモンの栽培がしたい」と話してくれた。阿字ヶ浦でのレモン栽培を構想中なのだそうだ。「海岸文化」のフィールドは、すでに大洗には止まらない。

風間さんが醸す海岸文化は、大洗の街中にある小さなブルワリーから、観光、農業、小さな産業へとひろがり続けるのだろう。手にした「一生もの」の仕事は、まだまだ試しきれない楽しみがありそうだ。

PROFILE

PEOPLE

Beach Culture Brewing https://beachculturebrew.mystrikingly.com/

茨城県潮来市出身。2016年から大洗在住。
鹿嶋市のParadise Beer Factoryでの修行後、資金準備の為に大型自動車免許を取得し2年間運送業に従事する。発酵タンクの整備にはクラウドファンディングにも挑戦。2021年大洗シーサイドステーション内にビーチカルチャーブルーイングをオープン。

INTERVIEWER

蓮田美純

1990年生まれ。茨城県出身。京都で歴史を学ぶ学生時代を過ごし、卒業後はそのまま関西で就職。その後茨城に戻り、2016年からは水戸市在住。趣味は食に関すること全般と暮らすこと、散歩。誰かの想いや暮らしを通して、新しいことを知るのが好きと気づいて、現在ライター修行中。

Photo:佐野匠(つくば市)