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茨城のヒト・コト・バ PEOPLE, THINGS, SPOTS OF IBARAKI
器而庵
辻 徹
漆の木を植える漆芸家。辻 徹さんに聞いた、「大子漆」と「いま生成している伝統」のこと。
富山・高岡在住の文筆家、籔谷智恵さん。結城紬の産地問屋「奥順」の企画広報に携わった過去、そして工芸のまち・高岡に暮らす現在の視点から、県北に光を当ててもらうことにしました。今回は、茨城在住のころから交流があったという漆器ブランド「器而庵」(きじあん)の辻 徹さんのインタビューです。
今みなさんが見ているパソコンやスマホ。どこで採れた、何の素材で、どうやってつくられているのか、知っていますか?
ハイテクノロジーな機械でなくても、服も靴も壁紙も照明もティッシュもペンも、メーカーやデザイナーの先にある原料や土地や人のことは、そういえば、ほとんど知りません。
一方で、日本には「工芸」と呼ばれる分野があります。木工、金工、漆器、陶器、布そのほか諸々、日本の暮らしのなかで必要とされてきたものです。
この工芸、多くは伝統工芸と呼ばれるように、その土地にある素材をもとにして脈々とつくられてきました。ですから、どういう人が、どんな原料から、どういうふうにつくっているのか、産地に行くと、概ね知ることができます。
工芸とは、ものの生産過程におけるブラックボックスが少ない、「わかる世界のもの」とも言えるのです。
さて、大子町は国内の漆シェア2位、15%を産出する漆の産地です。大子漆の品質は日本一とも言われ、高級漆器の仕上げや文化財の修復にもつかわれています。
その大子に、器而庵という工房兼店舗をかまえる漆芸家の辻 徹(つじとおる)さんがいます。

漆器制作のかたわら、自ら漆掻き(漆の採集)やウルシノキの植栽までするという辻さん。
漆、ウルシノキ…そもそも漆って何なのだろう?
どうして辻さんは漆掻きをはじめたのだろう?
素朴な疑問に答えてもらううちに、漆に手を合わせたい気持ちになっていきました。そして、もっと漆器を使いたいと思いました。
好きなもの、失いたくないものと、わたしたちはどう関わることができるのか。
辻さんのお話のなかには、たくさんのヒントがありました。
取材日:2021/2/26
ーーお久しぶりです。今映っている背景は、工房ですか?
はい、そうです。骨組みだけ大工さんにお願いして、壁と床は全部自分で張って、建具もつくりました。ここは器而庵とは別の常陸大宮にある工房なんですが、さまざまな木材加工のできる機材が揃っています。
ーー辻さんのところで働く人は漆だけじゃなくて、木地加工や建物のDIYまで学べるんですね。
木材選びにはじまる器の素地づくりも自分たちでやっています。DIYはご希望があれば(笑)。

ーー漆掻きをする漆芸家というのも稀有だと思います。辻さんはどうして漆掻きをはじめられたんですか?
茨城に来たのは、芸大大学院の漆芸科を修了してから、常陸大宮市(旧美和村)の木工芸センターに指導員として呼ばれたのがきっかけでした。
そこで5年間、地元の森林資源を利用した家具や工芸品をつくる仕事をしてから独立しました。当時、漆を分けてもらっていたのが大子の職人さんだったんですが、しばらくしてその方が病気をされて、漆掻きを引退されることになって。それではじめて、ほかの職人さんは70代後半の方が二人しかいないことを知ったんです。
で、これはちょっとやばいなと。技術は一度途絶えてしまうと、再興がとても困難になります。習うなら今のうちだということで、漆掻き職人さんに弟子入りをしました。それが2008年のことです。
ーーその後2010年に、大子漆の魅力を伝えたいということで器而庵を立ち上げられるんですよね。お店の立ち上げよりも先に、漆掻きがあった。
漆掻きは難しい作業なんですか?
基本的なことでも、最初は教えてもらわないとわからないですね。山の中ではほとんど一人で作業することになるので、きれいな掻き方や漆の集め方など、わからないことが出てくるたびに教わっていました。
漆をとるには、まず皮はぎ鎌で、ウルシノキの表面の凸凹した厚い皮を削ります。それからU字になっている掻き鎌という道具で5ミリ間隔くらいの傷をつけて、滲み出てきた漆を掻きベラで「たかっぽ」に集めていく。

「たかっぽ」は、伝統的にホオノキの皮でつくるんです。ヘラについた漆をしごきやすいように、容器の口の部分は刃物で叩いてブラシ状にしてあります。
ーー漆の採取に適した季節や、とれる量の上限はあるんでしょうか。
漆は、傷ついたところにカサブタをつくろうとして分泌されるリンパ液のようなものです。だから、カサブタをつくれるだけの量は残しておかないと枯れてしまいます。傷口から水が入っても枯れるので、雨の日には絶対に漆掻きはしません。
この樹液は葉っぱの光合成による産物なので、葉の出ている時期しかできません。だから漆掻きができるのは、6月はじめから、11月なかばくらい。
その季節中、ずうっと漆が出続けるようにするのが一番難しいところですね。
1本の木からとれる量は、150~180gぐらいです。
ーー木のカサブタをつくる成分だから、固まったときの強さがあって、塗ると木が丈夫になって、腐らずに使える…大変なものをいただいていると感じます。

ーー漆は、いつから使われてきたものなんですか?
紀元前9000年の函館の遺跡から、漆を塗布したものが発掘されています。それが今見つかっている世界最古のものです。紀元前1万2000年の福井の遺跡からは、漆を掻いたあとの木片がでているので、「利用する」意味ではその時代からあったんでしょう。最初はおそらく接着剤としての利用だと思います。
ーー想像したよりもずっと古かったです。圧倒的な時間のスケールですね。
その後も、主に祭祀に関するところで使われていました。生活のなかで漆器を使うようになるのは、奈良平安以降のことだと思います。
ーーそういえば、神社への奉納や農耕儀礼に赤い漆器が使われるのを見ます。神様への捧げものというと、漆器なんだ…
大子が漆の産地になったのは、もともとウルシノキがたくさん生えていたからでしょうか。
ウルシノキは、縄文時代から人間が栽培する木でした。このあたりも自生していたというより、栽培されていたんだと思います。
ウルシノキってすごく好みが激しい、生育する場所を選ぶ木なんですよ。
県北地域は岩盤質の上に約30cmの表土がある、水はけの良い地質です。漆はその30cmのあいだに根を張るので、生育条件が合っているのだと思います。
とくに大子は、ほかの漆産地に比べて暖かいから、木の成長が早い。そういう背景があって、乾きが速く、透明度が高く、ツヤも良い漆ができるようです。
ーー輪島塗の有名な工房を訪ねたことがありますが、そこでも大子漆が使われていました。
とても硬い塗膜ができるので、仕上げだとか、良いところに使いたい漆だと思います。

ーー漆はかぶれるとも聞きますが、辻さんもかぶれましたか?
かぶれましたよ。大学3年生のときが一番ひどくて、指どうしの隙間がなくなるくらい、パンパンに腫れました。そのあと象みたいに皮がガサガサになって、一皮剥けて、やっと治って。今は慣れましたけど、体調が悪いときや、木から採ったばかりの漆はかぶれます。
ただ、かぶれてもやりたい魅力が漆にはあります。
焼き物や金属と比べても、漆器には「やわらかさ」を感じるんですよ。
ーーやわらかさ。
あたたかみというか。使ううちに良くなっていくのも魅力です。漆は使うほどに色が明るく鮮やかになって、ツヤが出てくる。
高い透明度とツヤ。それは漆の魅力であり、大子の漆の最大の特徴でもあります。
ーー漆器になったあとも、漆は生き続けているみたいです。
辻さんはいよいよ、4年前からウルシノキの植栽も始められたんですよね。
以前は、担い手が高齢化していくなかで、すでにある林を管理しきれるのか不安があったんです。それが、少しずつ漆掻きをする若い人が増えてきて、植えても大丈夫だと思えるようになりました。
ーー若い“掻き手”さんが増えている。
木工作家が2人と、漆掻きを仕事にしている人が4人。それだけでは食べていけないので、皆さんほかの仕事と組み合わせていますね。
植えるときは、ネットで事前に地質を調べるようにしています。耕作放棄地がたくさん出てきているので、日当たりの良い斜面地を見つけて、地主にアタックして。

ーー若い担い手が増えるきっかけは何かあったんですか。
これには明確な理由があります。
2015年に文化庁から、国宝や文化財の修復には国産の漆をつかう方針が出ました。それまで売れ残っていた漆が、掻いたぶんだけ売れるようになったんです。
今やっている人のなかには、うちで修行してから独立した人が2人います。漆掻きは季節仕事なので、オフシーズンに漆器をつくるのはひとつのスタイルとしてありますね。
ちょっと新しいなと思うのは、漆芸など美術的関心からではなく、農業的観点でやる人が出てきたこと。今漆掻きをしている若い人のなかには、ウルシ林がきれいだからやりたい、という人もいて。そういうアプローチも、もっと増えてもいいんじゃないかなと思います。

ーー植栽して、漆がとれるまでは何年かかるんですか。
10年です。
ーーそうして育てた木から、漆がとれるのは…
1年だけです。大子では夏から秋にかけて漆掻きをして、冬には伐倒する「殺し掻き」というやりかたをします。そして春になると切り株から、ひこばえ(若芽)が出てくる。それをまた10年かけて育てるんです。
ーー…!それはなんとも、手を合わせたくなるお話です。育てて、採って、倒して、また再生する。漆はその循環のなかにある恵みなんですね。
時間の感覚が普段の生活とは違います。でもそれは生活が「つくる」より「買う」で成り立っているからで、全体を知れば、実は何でもそれくらいの時間はかかっているのかもしれません。

ーー辻さんはこれからの大子漆について、どういった展望を描かれていますか?
産地形成をしていきたい、というのが今後の夢ではありますね。
大子は漆の産地ではあるけれど、漆器の産地にはなっていない。器而庵をつくったのは、大子漆の魅力を伝えるためには、漆器の産地になる必要があると思ったからです。
茨城県で本格的に漆器をつくっているのは、僕のところを含めてまだ2軒だけ。だから漆器をつくる同業者が増えてほしいと思っています。
漆芸家のシェアアトリエにしようと手を入れたものの、手がまわりきらなくて、ひとまずギャラリーをやりたいと言ってくださる方に貸している建物もあります。その方とは、漆を使って漆器よりも身近なアクセサリー類を一緒につくっていこうと話していたり、やりたいことはたくさんあって。
器而庵を立ち上げたとき、「100年後を見据えて」というフレーズを考えました。国の伝統的工芸品に指定されるのは、産地として100年以上続いていることがひとつの条件です。
漆の植栽の10年サイクルが10回続けば、100年になる。
もう10年は過ぎたんです。100年もあっという間ですよ。

今つくられようとしている百年の「伝統」。伝統になる瞬間はおそらく見届けられないけれど、自分よりも長く続くものに参画すると考えると、なんだか元気が沸いてきませんか。
辻さんのところでは、漆をつかったものづくりや、漆掻きの体験もできるといいます。ウルシノキの植栽や草刈りの手伝いから、漆に親しむ道もあるかもしれません。シェアアトリエを運営したい、という申し出も歓迎です。
本格的に漆器をつくりたい人も、体験的に参加したい方も。よかったらこちらに問い合わせてみてください。
器而庵のwebサイトはこちらです。
https://tsujitohru.jp/kijian/index.html