車も船も飛行機もないような時代、つまりは、移動のすべてを人の脚力と動物の力を借りてまかなっていた時代を想像してみる。
きっと当時は、「歩きやすい道をつくる」ことが、とても重要な仕事だったんじゃないかと思います。
それからさまざまな技術が発展して、移動はずいぶん楽になりました。
昔の人たちが一生かけても届かないような距離を、わたしたちは日々スイスイと動き回ることができます。日本の国内だけで考えれば、“僻地”と言われるような場所でも大抵は1日で行けるし、もっと言うと、買いものも、遠く離れた人との連絡だって、インターネットを通じてどこからでもできる。
ある地点から別の地点へと、なるべく速く・楽に到達する。あるいは、両地点をつなぐ。そんな目的から考えると、現代はかなり恵まれていることがわかります。
その一方で、失われているものはないか。たとえば、歩くペースで風景の移ろいを楽しむことであったり、自然に触れる機会であったり。そういったものが、わたしたちの日常から遠ざかっていると考えることもできるかもしれません。
今、茨城県北で、全長300kmを超える一連なりの山道を通そう、という取り組みがはじまっています。その名も「茨城県北ロングトレイルプロジェクト」。
あえてこの時代に、道をつくるのはなぜだろう? やりたいことは、何だろう? プロジェクトの存在を知ってから、そんなことが気になりはじめました。
そこで今回、仕掛け人である和田幾久郎(わだ・いくお)さんに話を聞きました。和田さんは、水戸市とつくば市で「ナムチェバザール」というアウトドアの専門店を営む方です。自身も、国内外のトレイルランニングの大会に何度も出場し、日頃から野山で多くの時間を過ごすアウトドア愛好家とのこと。
「わたしたちは、山道をつくっているわけじゃないんです」と和田さん。では、何を…?
お話を聞くほどに、いろんなアイデアや知らない世界が広がっていくようなインタビューでした。これまでアウトドアに馴染みのなかった方も、ぜひ読んでみてください。
取材日:2021/1/14
――和田さん、はじめまして。よろしくお願いします。
和田:はい、よろしくお願いします。
――今日はロングトレイルプロジェクトについて、いろいろお話しできるのを楽しみにしてきました。
まずは、このプロジェクトが立ち上がった経緯からお聞きしたいです。なぜ和田さんは、県北に「道」をつくろうと思ったのか。
和田:わたしは水戸の出身で、昔から地元で遊ぶときには、よく県北に足を延ばしていたんですよ。仲間たちとトレッキングしたり、走ったり。こんなに豊富な遊び場はそうないと思っていて。
でも茨城って、別に富士山があるわけではないし、栃木の日光とか群馬の尾瀬とかね。日本を代表する自然遺産+観光地、みたいなものがあるわけではない。同じ土俵で勝負しようとしても仕方がないんです。
だったら、今現在、各地に点在しているもの同士を、物語性をもってつなげたらおもしろいんじゃないかと思って。
――物語性。
和田:茨城県のなかでも、北と南で格差があって。予算の投下のされ方も違うし、県北はある意味見放されてきたんです。だからこそ日本の原風景とも言えるような、里山環境が残っている。いわゆる僻地ではなく、都市圏から日帰りもできるような距離感に、これだけの環境が残っているのは奇跡的なことなんじゃないかと。
和田:ロングトレイルは世界中にありますが、たとえばアメリカなんかだと何千キロと延びていて、一度入ったらなかなか出られないんです。国内のトレイルも、わりとその傾向がある。ハードルが高いんですね。
――たしかに、「トレイル」と聞いて本格的なアウトドアをイメージする人は多いかもしれません。でも和田さんは、もっと幅広い人に、この「遊び場」を知ってもらいたかった。
和田:県にこのプロジェクトを提案したときも、トレイルランニングのイメージが強かったようで。「走るのは、どうもね…」みたいな感じで、なかなか取り合ってくれなくて(笑)。いや、走るのに限らないんです、歩いたりマルチに使えるんですよって。
そんな状態が3年くらい続き、昨年度ようやく正式に動き出しルート選定をすることができました。今年度は整備をはじめているところです。
――今整備しているのは、具体的にはどんな場所なんでしょう。
和田:奥久慈エリアですね。大子町に月待の滝っていうところがあるんですよ。水郡線の下野宮駅が最寄りで。
そこから崖沿いの稜線を歩けるルートがあります。じつは昔からあったんですけど、知る人ぞ知るという感じで、誰でも通れるような状態ではなかった。そこをちゃんときれいにして、3月末の水郡線の開通(※)と同時にオープンする予定です。
ロングトレイル全体でおよそ320kmのうち、ほんの十数kmなんですけどね。今期はそこをオープンすることで、水郡線を使った遊びができて、復興支援につながればいいなと。住宅でいうモデルハウスのようなイメージですね。
※水郡線の一部区間は、2019年の台風19号によって橋梁が流出するなどの被害を受け、運休中。3月の全線運転再開を目指している。(2/10現在)
――そこには和田さん自身もよく遊びに行くんですか?
和田:そうですね。標高は300mほどと決して高くないんですが、崖になっているので、すごく高度を感じるんですよ。遠く日光のほうまで見渡せて。体感で言うと倍ぐらいの高さに感じます。
途中、袋田の滝も真上から見えるんですよ。第二展望台ですら、エレベーターで上がって三段目の滝あたりの目線なんですけど、そのトレッキングコースだとはるか真上から見ることができる。
――はあ、すごい。見てみたいです。
和田:滝の上流も通るので、この川の水があの滝に流れ込むんだと思うと、また感動しますね。