茨城のヒト・コト・バ PEOPLE, THINGS, SPOTS OF IBARAKI

葦原亜由美さん

PEOPLESPOTS

OURoom

葦原亜由美さん

「いつもの暮らし」が迎えてくれる大洗

働き方やライフスタイルが多様化した昨今、暮らし方の一つとして「二拠点生活」が話題に上る。今の住まいと特定の拠点との間を行き来しながら、豊かな生活を送ろうとする暮らし方だ。
そんな中、大洗町では、地域に根づきながら「いつもの居場所がふたつある暮らし」を始められる二拠点生活の月額制別荘サービスOURoom(アワールーム)が誕生。
今回は、その背景と想いを、オーナーの葦原亜由美(あしはら・あゆみ)さんに伺った。

特別なことはおこらなくていい、もうひとつの居場所

高台に並ぶ白いコンテナがOURoom。奥には大洗の街が広がる。庭は手作業で少しずつ整備しているのだそう。


大洗町の中心地にある商店街から少し離れ、丘に向かって続く細い坂道を登ると、OURoomの白いコンテナが3つ見えてくる。もう一歩、二歩と、奥に進むと、大洗の街と海を一望する風景が広がる。

「ここからの眺めは、空を遮るものが何も無くて本当に気持ちがいいですよね。余白がたっぷりあること、それが大洗の良いところだと思っているんです」

出迎えてくれたのはオーナーの葦原亜由美(あしはら・あゆみ)さんだ。

大洗の景色を独り占めできるようなこの場所に生まれたOURoomは、二拠点生活を始めたい人向けに「いつもの居場所がふたつある暮らし」を提供する別荘サブスクリプションサービス。仕事に集中するために利用したり、あるいは海を楽しみたい家族が週末に滞在したりなど、利用者が思い思いの時間を過ごすことができる空間だ。

「1日の終わりに『今日はなんだか良い日だったな』と思わせてくれる出来事って、『今日の夕焼けがすごく綺麗だった』だとか、『魚屋さんで選んだお刺身が美味しかった』とか、暮らしの中に散りばめられたほんの小さな幸せの積み重ねのような気がするんです。ここは、そんなささやかな暮らしの幸せを見つけられる場所であってほしいと思っています」

旅をしながら全国を回るのも楽しいけれど、最後に行き着く、誰かの二拠点目の場所がこの場所になってほしい。ここに行き着いた人には、「OURoomで地域の『半分住人』として過ごしてもらいたい」と葦原さんは語る。

特徴的なグレーの壁は、男性がひとりで滞在しても落ち着くことができる空間にしたいという思いから。家具や建具もシックな風合いで揃えている。木とアンティーク家具を組み合わせたシンプルな内装は葦原さん好みのスタイル。葦原さんは幼稚園に通う頃からインテリア雑誌を眺めていたという。


「半分住人」とはどのような人を指すのだろうか?

OURoomが掲げるテーマのひとつは「いつもの暮らし」。例え月に数日の滞在であったとしても、ここにいる間はお客さんではなくこの土地の「住人」として過ごしてほしいという願いが、半分住人という言葉には込められているのだ。

さらに、この場所は「自宅の他にもう一か所『ただいま』と帰ることができるところ」なのだそう。暮らすこと自体をOURoomのテーマにしたのは、自身が家族と過ごした時間が、葦原さんのはじまりの一歩だったからだ。

お金の課題と、居心地の良さ

以前より葦原さん夫妻の何気ない会話の中には、家族で過ごす「理想の居場所や暮らし」の話題が度々登場していたそうだ。その度に葦原さんの口からは「ゆくゆくは、海が見える自然が豊かな場所で暮らしたい」という想いが語られていたらしい。

葦原さんは茨城県出身。大洗の海は、子供の頃、家族と共に足を運んだ親しみのある場所だ。後に思い浮かべる理想の暮らしの風景が「海が見える場所」だったのは偶然ではないのかもしれない。ライフステージに合わせ、家族で東京、千葉と転居したが根底にある想いは変わらなかった。

そんな「理想」の暮らしの輪郭が、現実味を帯びて見え出したのはコロナ禍で夫がリモート勤務になったことがきっかけだった。

「働き方が一変し、家族が揃って過ごす時間がぐんと増えたんです。その頃から『家族が一緒に居る時間をもっと大事にしたい』と夫婦で話すことが多くなりました。理想の暮らしがあるのだから、いつかと言わずに『今できること』をしようと、その機会に内容を詰めることにしたんです」

そんな話題の中で、葦原さんは以前夫婦で繰り返し訪ねた大好きな旅先の景色を思い出すことがあったそう。

「あちこち旅行した中で、何度も足を運んでしまうのがバスク地方の町でした。景色や街なみの美しさは勿論ですが、なにより私たちがそこに引き寄せられる理由は、住む人の暮らしの様子がとても魅力的に見えたことだったんです」

それぞれの土地には、その場所で暮らす人たちの生き生きとした「いつもの暮らし」がある。そんな暮らしの息遣いを近くに感じる経験が自分たちの家族の原点なのかもしれない、改めて、求めているものは施設やイベントのような旅先の「非日常」でなく、土地に根付く「暮らし」なのだと認識したのだと言う。

OURoomの部屋は、「子どものころ部屋の隅にシーツを被せてつくった秘密基地」のイメージなのだそう。「狭いけれどワクワクして、とても安心した思い出があります。OURoomも同じように安心できる場所であってほしいですね」


さっそく、理想の暮らしの模索がスタート。そこで選んだのが、平日は当時住んでいた千葉県流山市で過ごし、週末は大洗町で過ごすという二拠点生活だ。もともと夫婦共にバックパックを背負って世界中を周った旅行好き。やると決まればフットワークは軽い。

しかし、いざ二拠点居住を始めてみると、2つの課題にぶつかったそうだ。

一つは、金銭的な課題。
週末に大洗に来て、子どもと一緒に快適に過ごそうと思うと、宿泊場所はビジネスホテルに落ち着いてしまう。週末だけの宿泊だったとしても、一ヶ月あたりの金銭的負担は大きく、「日常的な暮らし」として成立させるには難しい。

もう一つは、第二の拠点での居心地の良さ。
ビジネスホテルは確かに快適で便利だが、食事は外食になってしまうし、その土地の暮らしも感じることができない。そこでの暮らしはあくまで非日常で、居心地の良さを感じられなかったそう。

ここで言う「居心地の良さ」とは、どんな感覚だろうか。

「特別ではないけれど、何があっても必ず迎え入れてくれて、安心感のある場所に居心地の良さを感じています。身近なところで言うと、家族や自分の家がそうですね。特別なことは起こらないけど、いつ足を運んでも安心してゆったりと過ごせる。そんな街や場所こそ、私たちが思い描く『居心地がいいな』と思いながら過ごせる第二の拠点ですね」

金銭的課題や居心地の良さにまつわる課題を解決できたら、きっと豊かな、「いつもの居場所がふたつある暮らし」が実現できるはず。そんな思いから、OURoomの構想は育まれていった。

コンテナにはミニキッチンが設えてある。OURoomの正式リリースに先立って、プレオープン期間中には、「ここでバーベキューするために、庭の整備をする時は手伝うので声をかけて欲しい」などの申し出もあり、一緒に作戦会議を楽しんだのだとか。モニターとして滞在してもらい、意見をもらい、より良い空間になるようアップデートを繰り返した。


街の温かさの後押しで、少しずつ地域に根づく

現在、OURoomを構えるのは、夫妻で町中を探し回り見つけた場所だ。自宅も同敷地内に構え、流山市と行き来する生活を経て、2022年の3月に一家は大洗の住人となった。

大洗での生活について尋ねると、笑顔の葦原さんから真っ先にこの答えが返ってきた。

「地域の人は、本当に子どもを可愛がってくれるんです。何かと私たちを気にかけてくれて、それが移住してきて一番よかったことだと思えるくらい」

実は、OURoom着工当初は、この取り組みが地域の人々に不安を抱かせてしまうのでは、という懸念もあったそう。

部屋に飾られていた布製のガーランドは、葦原さんの手作り。子どものスタイをつくった残り布で作成したという。いつか子どもたちが家族と一緒に過ごした時間を「あの時、お母さんが作った服を着て写真を撮ったな」「みんなで食べたご飯がおいしかった」と振り返る思い出に登場できたらうれしいと話す。


それでも、大洗の人々は温かかった。

「私たちが『街に根づいていかなきゃ』『OURoomについて知ってもらわなきゃ』と焦る一方、地域の皆さまが、清掃活動に誘ってくださったり、OURoom建設地の草取りを手伝ってくださったりと、私たちに寄り添ってくださいました。そんな皆様の気持ちがあったからこそ、『街に受け入れてもらえたんだな』と実感しました。OURoomに来るお客様にも、少しでもそんな感覚を味わっていただきたいですね」

また、たとえ不安の声やOURoomへの指摘があったとしても、それだけ気にかけてくれるからこそであり、お互いに良好な関係を築くことができると葦原さんは考える。

さらに、オープンに先立って行われた地域向けの説明会では、土地に住む人の大洗に対する心の内を聞くに至ったそうだ。

休日には家族で水族館や海に出かけることが多いというが、自宅のすぐ近くにある磯浜古墳群も息子のリク君の遊び場のひとつだ。この日も、昆虫や草花を探しては周りの大人たちに教えてもらった。


「昔は賑やかだった地域も最近は子どもの声が聞こえなくなって寂しいこと」「実は困っていることがあったこと」「外から見える大洗とのギャップを感じていること」

小さな不安とも、転じて地域や自分達の暮らしへの前向きな期待や想いともとれる本音たちだった。

OURoomがあること、「半分住人」たちが大洗で過ごすことで、地域に対しても応えられることもあるのではないか。葦原さんはそう考えるようになったという。

分かり合える仲間がいるから、前に進んでいける

OURoomと同敷地内にあり、同じく気持ちの良い風がぬける自宅の縁側。この場所は別の土地を内覧に行く途中、たまたま出会ったのだそう。「高台で勾配のついた土地で事業を始めるにあたって、煩雑な手続きを引き受けてくれた夫はかなり建築の条例に詳しくなりました」と葦原さん。


こうして、自身の暮らしの延長上に形作られたOURoomは、プレオープン期間を経て2022年10月に正式リリースされた。現在は、利用する人に大洗の暮らしを「半分住人」としてより深く感じてもらうために「畑や海が近くにある暮らしの体験」の準備も進めている。

もちろん計画実行には、地域の協力は不可欠。これからここで生まれるだろう新たな接点は、今後もに良い関係を結んでいきそうだ。

地域とともに、二拠点生活、移住、そしてOURoomの運営と少しずつ歩みを進める葦原さん。最後に、「理想や想いを実現するために大切だと思うこと」を訪ねた。

すると「まず、私は決して物事を引っ張っていけるすごい人ではなくて」と控えめな笑顔。

「ただ、『暮らし』というOURoomが目指すテーマと、自分自身や家族の課題や大切にするものが一致していたから、ここまで進めてこられたのだと思う」と続けた。

二拠点生活のはじまりから、OURoomの構想、運営までを一緒に歩んできたパートナーである夫の知(さとし)さんとの関係にも同じことが言えるのだという。

「夫とはインテリアの話や、ちょっとした調べ物のこと、小さな夢のことなど、なんでも話しあえる関係です。彼の存在なしでは、今の暮らしは考えられないと思っています。OURoomの運営も、インテリアやアイデアは私が、運営面の手続きや建築に関しては夫、と自然と得意分野ができました。今のところ、経営など『仕事』の面も、自分の暮らしとして『好き』でやっている部分もあえて線引きはしていませんが、そのどちらにも家族として大切にしているものは共通していて、ぶれないものがある。二人の意見が食い違うこともありますが、立ち返るポイントがあるので、また同じ方向を向いて進むことができているんです」

話を伺った共有スペースには、この場所を利用する人が集まって食事会やパーティーができるように、広いダイニングテーブルがある。「今後は、みんなで畑を持って、育てた野菜をここで調理して一緒に食べたいですね。ご近所の方を招いて交流会も開けたら素敵だと思っています」と夢が広がる。


地方での起業や挑戦に限らず、新しい一歩を踏み出すなら、いつかは必ず誰かの力を借りなければならない時が来る。そんな時、パートナーに限らず、分かり合える仲間が近くにいることほど心強いことはない。分かり合えるというのは、想いが重なるということ。迷った時、道しるべとなるのは「自分が一番大切にしたい想い」なのだそうだ。

OURoomは、「暮らし」ひいては生き方の提案。今、ここにいることでどう生きることができるか、自身を含めて、ここで過ごす人がどう変わっていけるのかも主題のひとつだと言う。壮大なテーマではあるが、それを語る葦原さんには気負いはない。

「豊かに暮らすことは、丁寧にもてなし、もてなされることでも、物を増やすことでもないのかもしれない、と最近思うようになりました。ここで暮らしながら、自分のちょうど良いバランスをみつけていくつもりです。たとえ足りないものがあったとしても、『足りないから貸して、助けて』と言い合える関係を築ける、それが一番の理想でさえあるのかもしれませんね」

PROFILE

PEOPLE

茨城県水戸市生まれ。教職を経て、結婚を機に県外へ転居。コロナ禍をきっかけに子育ての環境や家族と過ごす時間を見つめ直し「海がある自然豊かな場所」を求めて二拠点生活をはじめた。OURoom構想の実現のため、2021年に茨城県主催のローカルプロジェクト支援プログラム「STAND」に参加。はじまり商店街賞を受賞する。2022年3月に家族で大洗町に移住。OURoomはプレオープン期間を経て同10月に正式リリース。

OURoom https://www.ouroom-oarai.com/

INTERVIEWER

蓮田美純

1990年生まれ。茨城県出身。京都で歴史を学ぶ学生時代を過ごし、卒業後はそのまま関西で就職。その後茨城に戻り、2016年からは水戸市在住。趣味は食に関すること全般と暮らすこと、散歩。誰かの想いや暮らしを通して、新しいことを知るのが好きと気づいて、現在ライター修行中。

Photo:佐野匠(つくば市)(一部提供写真を除く)