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茨城のヒト・コト・バ PEOPLE, THINGS, SPOTS OF IBARAKI
和眞嘉傳株式会社 代表取締役
山口麻理子さん
数字だけでなく「人と地域」に向き合う事業で、持続的な社会を育む
豊かさとは何だろう?メディアで大きく取り上げられるものこそ「価値あるもの」なのだろうか?そんな答えのない問いを考える方は、実は多いのではないだろうか。その問いに対し、常陸太田市を拠点に事業展開する和眞嘉傳(わしんかでん)株式会社の取り組みは、答えを考えるヒントに繋がるかもしれない。
数字を追う仕事と、人と社会に向き合う仕事、その両方を経験してきた代表取締役の山口麻理子(やまぐち・まりこ)さんに、事業への想いを伺った。
企画や場づくり、講座を通して見出す、心豊かに生きるヒント
自然豊かな常陸太田市里美地区。その山中に事務所を構える和眞嘉傳株式会社(以下、和眞嘉傳)は、多様な事業を展開している。
和眞嘉傳という社名には、「日本(和)の誠(眞)に良(嘉)き、ひと・もの・ことを伝(傳)えることで、1人1人が心豊かに生きるお手伝いを行い、世界の平和で継続的な発展に貢献する」という想いが込められており、同時にそれが、企業理念でもある。
「傳」は「伝える」を表し、「情報伝達」「伝承」の意味が込められているそう。
理念に込めた想いを、代表取締役の山口麻理子さんはこう語る。
「お客様や事業に関わる人たちの『本当の価値』を大切にしています。人それぞれが持つ価値観はみんな違うけど、自分自身の中で大切にしたい考え方を持っていれば、他人の価値観も大切にできるはず。そんな人たちが増えていくことで、社会や人間関係が良くなり、生きやすくなっていくのだと思います」
自分自身が真に大切にできる価値観を持っていれば、1人ひとりの心豊かな人生につながる。山口さんが展開する事業は、そんな世界を実現するための手段。現在の主な事業は以下のようなものだ。
原材料の調達から加工まで地域密着の生産体制で、中山間地域の活性化・技術の保全と環境負荷の軽減を目指し企画・販売するキットガレージ「木のこころ」(以下、「木のこころ」)。
1人ひとりの小さな一雫がここで生まれ壮大な人生の物語に繋がる場所になってほしいと思いを込めた施設「山河の一雫(さんがのひとしずく)」と、「会員制cafe雫(しずく)」。
自然に近い環境で「自分の得意・好きなことを仕事に育てたい」という思いの実現を支える「小さな商いの学校」。
1人ひとりが心豊かに生きるために、心を癒して自己変容を促す「セルフヒーリング講座」。
事業は「山河の一雫」を拠点に展開され、どれも地域資源や地域の人々の力、そして山口さんの特技が活かされている。関わる人や環境の無理のない持続的な展開が意識されているのも特徴。
そんな事業を営む山口さんは、これまでどんな道を歩んできたのだろうか。

山口さんは奈良県出身。その後、引越しや進学、就職、転勤などで、鎌倉市、東京都、三重県、兵庫県、香川県など各地を点々としながら、2020年に常陸太田市里美地区にやってきた。
企業の成長を追うコンサルタント時代
「1人1人が心豊かに生きるお手伝い」への思いは、山口さんがコンサルタントとして独立、法人化し、和眞嘉傳へと社名を変更するまでの経験が影響している。
奈良県出身の山口さんは、専門学校卒業後、大手通販会社に就職。商品企画やマーチャンダイジングを担当後、ブランド立ち上げの新規事業開発、事業戦略にも携わった。
その後転職した大手出版社ではグッズの企画生産から販売まで一貫して担当。商品ごとに損益を徹底して分析し、販売計画を立てる。顧客の心を掴む商品の生み出し方と提案方法を実戦の中から学んだ。
業務を通して山口さんは、商品が認知・購入され、顧客の手に届くまでの一貫した知識と経験を蓄積。販売や広告の相談があれば、すぐにその課題を予測できるほどになっていたのだそう。
そして、老舗メーカーから相談を受けたことをきっかけに、2014年に企業コンサルタントとして独立。
「課題の発見と解決方法を考えるのが得意です。特に通販は私が業務の中で経験してきた分野でもあるので、相談を伺いながら人や物の流れを含めて、発生しうる問題を分析し、解決策をご提案してきました。」
独立後の事業は順調に成長し、2019年末時点で、次年度は過去最高の売り上げ達成を見込んでいた。
しかし、山口さんは事業のかじ取りを大きく変更。これまで続けてきたコンサルティング事業をやめたのだった。
お金と数字を追う「成功」ということへの疑問
順調な事業をやめた背景には、数字だけを追いかけることへの疑問があったそう。
数字を上げて稼ぐことは「成功」の指標として世の中に広く認識され、稼いだお金で遊んだり贅沢をしたりする楽しみもある。しかし、「実際に経験してみると、自分が求めている『成功』ではなかった」と当時を振り返る。
「働き始めてから経済活動に興味を持ち、事業の成長を追いかけました。『成功』したくて努力してきたつもりです。人からの影響を受けた『成功』の形を経験してみて楽しんだ時期もあります。でもあるとき、私はもういいな、と思いました。例えば、高くて美味しいものを1人で食べても心が満たされないけど、普通の食事でも気心の知れた楽しい仲間と食べれば、美味しいし、その時間や体験に意味を感じられる。私は、そんな生き方が幸せだと思ったんです」
コンサルティングの仕事に感じた疑問も理由の一つ。顧客やエンドユーザーなど「人」に想いを馳せない企業の担当者の仕事観に疑問を持ったそう。
「私が出会った企業の担当者の中には、数字や見栄えの良さばかりを追い続け、顧客の真の課題解決や、本当に求める製品やサービスを考えられない人もいました。その結果、顧客が離れ傾いていった企業も見てきました。企業の存在理由の一つは『人の役に立つもの・サービスを提供する』ことだと思います。本来なら、企業がその役目を果たせるように、コンサルタントは軌道修正のお手伝いをすべきですよね」
自分の仕事は人の役に立っているのか。この先続けられるのか。そう自分に問いかけたとき、「これは自分の道ではない」と考え、事業転換を決意。
「お金と数字だけを追うような仕事は続けられない、私は人の役に立つ仕事をしたい、と強く思った時期ですね。そこで、まずは1年間休みながら、次にどんな事業をしていけばよいか見つけたいと考えました」
そんな思いで、和眞嘉傳としての再スタート準備を進めながら2020年にやってきたのが、常陸太田市の里美地区だった。

取材中に頂いたのは、山河の一雫の裏で採れた無農薬の柚子を使った、手作りコンポート。手ずから収穫した果物を料理して美味しく頂くのは、身近に得られる「意味のある体験」のように思えた。
人と地域を活かして、無理なく続く事業づくり
山口さんが里美地区にやってきた理由は何気ないもので、「たまたま人の繋がりができたから」。それでも、常陸太田市折橋町を中心に地域活性化活動を続ける折橋芸(能・農)部(おりはしげいのうぶ)や、地域を支えてきた住民たちとの出会いがあり、街に馴染んでいったそう。
ここでの交流から、地域密着型の生産体制で制作する「木のこころ」の企画が始まる。地域資源と地域の職人の技、そして山口さんの事業スキルを掛け合わせた企画だ。
「文化や地域経済、地球環境への貢献を目指して生まれたのが『木のこころ』です。常陸太田市には、豊かな森林があって、地域で活動を続ける人がいて、高い技術を持つ職人がいます。一方、森林保全や職人の技術保全にまつわる課題もあります。そこに私の事業知識と経験、アイディアをプラスすることで『木のこころ』が生まれました」

「木のこころ」に使う木材の採集や加工を行うのは、常陸太田市の工務店。無理の無い製造体制が、資源の一つ「木材」の循環を支える。
そこには山口さんが培ってきた企画や販売の知識も活かされているが、最も大切にしているのは、人と地域。あくまで、その地域の資源と人々の技術で製品を作り販売し、地域課題の解決にも貢献していく。
また、予想外の変化が起こりやすい木という素材に触れることは、自分の思い込みに偏ることなく、相手に期待しすぎず、相手と自分の差異を一つの特徴として受け入れる気持ちを育むことができるのだそう。

「木のこころ」は人や環境、社会への特別な配慮を持つ優れたソーシャルプロダクツを表彰する Social Products Award 2022 において、ソーシャルプロダクツ賞を受賞。地域密着型の生産なので、製造における原料の長距離運搬で発生する、石油エネルギー利用を起因とするCO2排出を削減するなど、地球への環境負荷も抑えられている。
やり方次第では大量に製造し売上を上げることもできるが、山口さんはそれをしない。地域の文化や経済、地球環境を豊かにするという価値観に反するからだ。
「数字を上げて稼ぐことは悪ではないけど、稼ぎ方によって世の中にどんな影響が出るか考え続けたいですし、木を切る意味、ものを作る意味、使った後の行方など、自分が納得いく形で製品を提供していきたいですね」
地域から相談を受けて始まった事業もある。
「山河の一雫」がそれにあたり、担い手がいなくなった施設を山口さんが引き継いだものだ。たくさんの小さな雫が集まりやがて大きな河を生み出すように、集まる人や価値観の相乗効果で新たなものが生まれてほしい。この場所の名前はそんな願いからつけられた。

山河の一雫の外観。元は、子供たちの合宿やボーイスカウト、ハイキングクラブなどが利用する施設だった。窓からは常陸太田市の山々が織りなす四季の移り変わりを楽しめる。
ここでは、会員制cafe雫や、コワーキングスペースを運営。小さな商い学校、セルフヒーリング講座もここで開催される。人が集う場所だが「過度な期待はせず、のんびり過ごしてほしい」と山口さんは語る。
「まずは居心地よく過ごしてもらいたいですね。1人でゆっくり過ごす日があってもいいし、偶然居合わせた人や、置いてあった本から何かが始まる日があってもいい。その一つ一つは些細なことでも、その後何かが生まれたときに、『山河の一雫が始まりだったね』と思い出してもらえたら嬉しいですね」
「木のこころ」も、山河の一雫で生まれる小さな出会いや講座での学びも、無理をせず、人や自然に期待しすぎず、関わる人、1人ひとりが心豊かに生きるためのきっかけ作り。
「事業を通して、関わる人が、本来の自分らしく生きるお手伝いができたらと思います。無理をすると続かないですし、自己犠牲ではなく自分ができる範囲で、自分らしく人の役に立ち続けることができたら、満足が行く人生になるかもしれません。私も、無理をしてしまうこともありますが、それは『必要なことに一生懸命取り組む』という心持ちですね」

何かが起こってほしいと過度に期待しない一方、山河の一雫にやってきた人たちや知己の人たちを繋いでいきたい、と思いを語る。
価値あるものが生まれ、未来に続いていく場所へ
1人1人が心豊かに生きるお手伝いを行い、世界の平和で継続的な発展に貢献する。そんな理念を掲げながら山口さんは事業を続けていく。
「物事には限りがあるし、人間はいずれ死ぬ」と山口さんは語る。だからこそ「自分に恥じないものを世に残していきたい」と強い想いを抱いている。
「仮にあの世があるとして、持って行けるとしたら自分の魂だけ。だから、人や社会に対して本当に役に立つ仕事や、関わった人の一部になり次に繋がっていく仕事など、自分の魂に刻み込んでも恥ずかしくない事業を続けたいです」
何を手に入れるかではなく、どう生きてどんな影響を与えられるかを大切にしたい。山口さんの姿勢からそんな意志が感じられる。

物事が良い方向に向かうときの感覚は、「居心地がいいな」という感覚に近いと山口さんは語る。「この場所を、いい方向に進んでいるときの感覚を体感できる空間にしたいですね」
これから山口さんは、和眞嘉傳の事業を通じ、山河の一雫を、物事が良い方向に向かうことを予感させるような居心地の良い場所にし、幸せや豊かさを感じている人がたくさん集まる場所にしていきたい、と語る。
この場所でゆっくりと育まれる人や地域との関係性は、訪れる人にとって、豊かさや大切にしたい価値に出会うきっかけになるはずだ。
「私もまだまだ助けてもらうことが多いです。助けてくれる人たちはみんな気持ちに余裕があるように思えます。気持ちに余裕があるからこそ人を思いやれるし、その余裕は、幸せを感じ、自分に満足しているからこそ生まれるのではないでしょうか。山河の一雫は、そんな人たちが集まり、本当に価値のあるものが生まれる場所にしていきたいですね」