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小堀瑞紀さん

PEOPLE

株式会社小堀畜産

小堀瑞紀さん

安定経営と自己満足から「おいしい牛肉作り」を目指す、高萩の若手畜産農家

農業・畜産業・漁業ともに盛んな茨城県。そこでは、ベテランだけでなく多くの若手も活躍している。今回お話を伺ったのは、活躍する若手のひとり、畜産農家の小堀瑞紀(こぼり・みずき)さん。中学生時代に家業を継ぐことを決め、現在は冷静に安定経営を考えながらも「自信をもって勧められる牛肉を作る」という夢を抱いて奮闘中だ。日々の仕事のこと、そして経営と理想の両立への想いについて語っていただいた。

高萩市で奮闘中の若手畜産農家

小堀さんは1997年生まれで、小堀畜産の4代目。趣味は音楽鑑賞とNBA鑑賞。仕事では、畜産業のほか稲作も行い、収穫したコメの稲わらは牛舎内で活用している。


茨城県高萩市の一画で奮闘する畜産農家の小堀さんは、取材時の2022年現在で25歳。20歳のときから、家業である株式会社小堀畜産(以下、小堀畜産)で、牛の肥育を行っている。小堀畜産の代表であり、営業を担っている母・美代子さんとともに、質の高い肉牛を作り、販売業者のもとに届けている。

小堀さんは、毎日の業務に粘り強く取り組み、安定経営を心がけながら、理想的な本当においしい牛肉作りを目指している。

「自信を持って勧められるような、自己満足できるおいしい牛肉を作りたいです。まずは自己満足しないと、魅力を人に伝えられないですからね」

そう語る小堀さんが育てているのは、茨城県を代表するブランド牛、常陸牛と花園牛になっていく子牛たち。

常陸牛は、30ヶ月にわたり育てられた黒毛和牛の中から、食肉取引規格A4・A5・B4・B5に格付けされた最高級ブランドだ。花園牛は、農場が北茨城市・高萩市・日立市という限られたエリアに所在し、JA常陸管内の銘柄牛振興協議会に所属する和牛農家のみが生産している、まさに知る人ぞ知るブランド。

常陸牛や花園牛として認定されるような良質な牛肉を作るために大切なのは、「牛をよく観察すること」だと小堀さんは語る。小堀さんはまず、日々の仕事について説明してくれた。

牛は言葉を話せない。だからこそ毎日観察する

給餌や、牛の寝床に稲わらやもみ殻を敷く敷料(しきりょう)は毎日欠かせない仕事。小堀さんは朝起きると、自分の朝食より先に牛たちの給餌を行うのだそう。


肉牛を育てる畜産農家には、大きく分けて2種類ある。ひとつは、母牛から肉牛として育てる子牛を繁殖させていく「繁殖農家」。もう一つが、その子牛を購入して、枝肉として出荷するまで約20か月間肥育する「肥育農家」だ。

枝肉とは、頭部・尾・四肢端などを切り取り、皮や内臓を取り除いた後の肉を指す。大切に育てられた肉牛は、この枝肉の段階で「A5ランク」「A4ランク」などに格付けされ市場に出回る。

小堀さんは、肥育農家として、おいしく、かつ評価の高い肉牛の枝肉を作り上げるべく日々奮闘している。毎日の仕事では、給餌や敷料を交換したり、足したりしながら栄養や衛生状態を整え、牛にとって心地よい環境作りを心がけているのだそう。

市場に並ぶ枝肉。枝肉は、肉の加工業者や卸売業者、飲食店、スーパーマーケット、小売店などに購入される。


そして、肥育農家の仕事の大きなポイントは、「牛をよく観察する」ことだという。言葉だけ聴けばとてもシンプルだが、根気強さが求められる大切な仕事だ。

「肥育農家では、健康な牛にしっかりと肉をつけさせなければならないので、牛や牛舎の様子を観察することがとても大切。牛は言葉を話せないので、外観はもちろん、餌の残り具合もよく見ています。牛舎内の配置によっては、強そうな牛に圧倒されて餌にありつけない牛も発生してしまいます。餌を食べる量が減ると、発育にも影響が出ますからね。それに、寒い時期は牛も風邪をひいて体調を崩すことがあるし、牛舎の中で風邪がまん延することもあるので注意が必要です」

小堀さんが肥育した肉牛から作られた、枝肉の断面。きめ細かい霜降りと濃い色味の肉感がおいしさの証。


毎日観察するからこそ、牛の些細な変化に気づける。畜産農家の先輩たちは、「牛に妥協すると、その分結果が自分に返ってくる」と口々に語るのだそう。その言葉はまさに観察の重要性を端的に表している。そして、小堀さん自身が、怠けてしまいそうなときに自分自身に言い聞かせる言葉でもあるそうだ。

根気よく牛と向き合い続けているからこそ、小堀畜産では質の高い肉牛が育てられていく。

肥育農家は、基本的に繁殖農家から家畜市場を通して子牛を購入する。その際、子牛の発育や栄養状態が、今後の肥育に関わる一つのポイントだ。

肥育には、それぞれの経営に合った方法があるのだそう。小堀さんの場合、購入時は平均的、もしくは平均より下の発育状態の子牛を、手間暇かけて、肉が詰まった肉牛に育て上げていくスタイルだ。

「購入した子牛の価値が市場では高くなかったとしても、出荷時までにしっかりとした牛に育て上げられるよう目指しています。そのほうが、経営的にも利益を作りやすいですね。大切に育てた肉牛の肉を使っているお店から『おいしい』とコメントをいただくことがあります。そんな風に食べてもらえるのが、一番嬉しいですね」

SNSから感じた、同業者たちの「おいしい牛肉を作りたい」という信念

現在、小堀畜産では 和牛「黒毛和種」を、肥育用に約100頭、繁殖用に7頭飼育している。小堀さんが少しずつ運営しているSNSには、畜産農家だからこそ撮れる様々な表情の牛が登場する。


家業の小堀畜産で仕事を始めて以来、肥育にまつわる仕事を担っている小堀さん。

家業を継ぐことを決めたのは、中学生ごろなのだそう。先代である父は病気で仕事を続けられなくなり、3人の兄や姉たちは家業を継ぐつもりは無い。その流れで、小堀さんが家業を引き継ぐことになった。

正直なところ、決意に燃えて将来を決めた訳ではなかったそうだ。

「もともとバスケットボールをやっていたので、それに関わる仕事ができたらな、と思っていました。でも、自分が大きくなれたのも、牛がいたからこそ。強い意気込みがあったわけではないですが、家業を全うしたいなという気持ちもありました」

家業を継ぐために、中学卒業後は農業高校に進学し、畜産を学んだ。高校卒業後は、母の勧めもあり、宮城県の肥育経営農家に2年間の研修へ。小堀さんの理想とする規模感の現場で実践を学ぶ、いわば修行期間だ。

しかし、せっかく実践を学べる機会だったのに、漫然と日々を過ごしてしまったと当時を反省する。

「当時の自分は、まだまだ学生気分でしたね。研修先の社長はとても良い方で、仕事も教えていただいたし、だめなことはだめと叱ってくれたんです。なのに僕自身、真剣になり切れず、業務は学びましたが、なんとなく日々を過ごしてしまいました。もしかしたら、社長からは少なからず呆れられていたかもしれません。それでも2年間勤めさせていただいたのは、本当にありがたかったです」

研修を終えて小堀畜産で働くようになってからも、しばらくは浮き足立ち、仕事に熱が入らなかったという。

しかし、気持ちが切り替わっていったのは、小堀畜産で働き始めて約2年後、22歳になったころ。SNSに投稿される同業者たちの牛の話題や仕事ぶりの投稿が、小堀さんにとって大きな刺激になった。

「同業者の方たちの投稿を見て、『自分はまだ全然できていないな』と思いました。SNSからは、たくさんの地域で仕事をする方々の『おいしい牛肉を作りたい』という熱い想いや信念が伝わってくる。そんな投稿を見ながら、様々な地域で活躍する畜産農家さんたちの信念が、僕の中にも浸透してきたような感じです。それによく考えてみると、SNSで出会う人も、実際に出会う同業者の方も、みんな僕にとって先生のような存在ですね」

「安定経営と理想の牛肉作り」の両立を目指す

味と利益を意識しながらシビアに仕事に向き合うが、手間をかけて牛を育てる分、愛情もわいてくると小堀さんは話す。「立派になった牛が出荷された後、まだ小さかったころの写真をみると、胸がジーンとしますね」


いま小堀さんにとって、高いモチベーションを絶やさず仕事を続けていくための目標となっていることが、自分の中で思い描く「おいしい牛肉」を実現させること。最終的な牛肉の味を意識した飼料配合、肥育方法などはまさに今勉強中だが、まずは自己満足であっても、自らが納得し、自信をもって人に勧められる牛肉を作る事を目指している。

その方向性の一つとして考えているのが、霜降りだけにとどまらないおいしさの追求だ。

「現在、牛肉の市場評価では、サシ(肉の赤身の間にある脂)の多く入った霜降りの牛肉が高い格付けとして扱われます。市場評価では『最高ランク』との位置付けをされ高く購買される。安定経営を続けるためには、そういった高値で購買される牛肉を作り続けることが常に求められます。ですがその一方で『霜降りの質にこだわった、赤身や肉そのもののおいしさ』をしっかり味わえる牛肉も魅力的だと思っています。なので、霜降りの量に限らず、霜降りの質、そして赤身のおいしい肉牛を育て、肉屋さんや消費者に、堂々とお勧めできるようになりたいですね」

安定経営にも関わる「市場から求められるおいしい牛肉作り」と、小堀さんが思い描く「理想とするおいしい牛肉作り」は、一見両立は難しそうな組み合わせだ。しかし、経営体制を「一貫経営農家」にすることで、両立の実現に近づけるのだそうだ。

一貫経営農家とは、繁殖経営と肥育経営の両方を行う経営体制のこと。この体制では、生産性、品質管理、収益性の面でメリットがある。例えば収益性では、市場の相場に左右される原価の一つ「子牛の購入価格」から受ける影響が少なくなる。

さらに、「肥育用の子牛作り」の試行錯誤と改良をしながら経営できるため、小堀さんの理想とする牛肉作りも進めやすくなる。

そういった理由から、小堀さんはいま、一貫経営農家へのシフトチェンジを目指している。

「子牛の性質や発育の良さ、体格は肥育に影響します。また、サシを入れておいしさと利益のバランスを良くしたいから生後数か月で去勢した雄の牛を使う、味にこだわって作りたいから雌の牛を使う、といった肥育の考え方もあります。『去勢より雌の牛のほうがおいしい』は、あくまで人それぞれの嗜好ですが、そんなニーズにも柔軟に対応できるのが、一貫経営の魅力の一つ。そのように柔軟に動いていった結果、経営も安定させやすく、かつ自信をもって勧められる牛肉作りの実現に近づけるはずです」

おいしい牛肉作りは「牛を思いやること」に尽きる

仕事の中で大変なことの1つは、牛舎内で牛の糞尿が溜まった敷料をかき出す「堆肥出し」。大変だが、牛の健康や品質に関わる大切な作業。基本的に機械で行うが、狭い場所は人力で行うそう。快適な環境を作ることで、牛がゆっくりと寝ていられる時間も増えるそうだ。


おいしい牛肉として出荷される牛を育てるだけでなく、「関東にも牛肉文化をもっと根付かせたい」と小堀さんは想いを語る。

小堀さんによると、関東地方は、牛肉よりも豚肉の消費が盛んで、豚の品種・餌・飼育環境などの徹底管理で一般的な豚肉と差別化を図った「ブランド豚」も多いのだそう。

「茨城県には、おいしい豚肉がたくさんあります。だから牛を扱う身としても、ご家庭でもおいしい牛肉を手軽に味わっていただけるようにしていきたいです。僕一人では難しいですが、牛肉を作る人、販売する人、料理する人、みんなで力を合わせて盛り上げていきたいですね」

小堀さんの挑戦は、これからも続いていく。その中で軸となるのは「牛を思いやること。そこに尽きますね」と言い切る。

これから畜産業の世界を目指す若者にアドバイスをするとしたら――。そんな質問に、小堀さんは自戒を込めながら「毎日はあっというまに過ぎていく。だから時間を大切にしてほしいです。ちょっと年寄りくさいアドバイスかもしれないですけどね」と語ってくれた。

畜産農家としての仕事では、牛を思いやりながら着実に毎日の仕事を全うすることが、牛肉の出来に直結する。毎日を大切に、その積み重ねを続けながら、安定経営と理想の牛肉作りを求めて走り続ける小堀さん。小堀さんが試行錯誤の末に「自己満足できるおいしい牛肉」に行き着いたときは、ぜひとも味わってみたい。

PROFILE

PEOPLE

株式会社小堀畜産 小堀瑞紀さん https://www.instagram.com/koboritikusan/

1997年茨城県高萩市生まれ。4人姉弟の末っ子として生まれる。
兄や姉たちが家業を継がなかったことや、小堀さんが幼いころに父が病気を患ったこと、そして幼いころから身近に牛を見てきたこともあり、中学生ごろに家業を継ぐことを決める。
農業高校卒業後、宮城県の畜産農家で2年間の研修を積んだ後、家業の小堀畜産に就農。
日々の仕事では、畜産業や稲作のほか、「牛のことを知ってもらいたい」という想いでSNSで牛舎や牛の様子を少しずつ発信している。

INTERVIEWER

佐野匠

1985年茨城県下妻市生まれ。20代半ばに東京から地元に戻るも、キャリアもスキルも学歴も無かったため、悩んだ末にボランティア活動に参加し、その中で写真、文章、デザイン、企画、イベント運営などのノウハウや経験値を蓄積。最近やっとライターやフォトグラファーの仕事を頂けるようになりました。カッコいいと思うものは、マグナム・フォトとナショナルジオグラフィック。

Photo:長谷川麻里絵(一部提供写真を除く)