茨城のヒト・コト・バ PEOPLE, THINGS, SPOTS OF IBARAKI

up tsukuba/江本珠理さん

PEOPLESPOTS

コワーキングスペース/合同会社for here 代表

up tsukuba/江本珠理さん

“場づくり”の仕事をきっかけに、東京からつくば市へ近距離移住

つくばエクスプレスつくば駅から徒歩2分のところにある、つくばを【あげる】コワーキングスペース・ミーティングポイント「upTsukuba」。この場所を日々切り盛りしているのは、合同会社for here(以下、for here)代表の江本珠理(えもと・じゅり)さん。

江本さんは兵庫県尼崎市出身だが、場づくり、コミュニティづくりの仕事を通してつくば市でコワーキングスペース「TsukubaPlaceLab」を運営する堀下さんと出会い、意気投合。2018年7月につくば市に移住してきた。

upTsukubaでの江本さんは、場所の維持管理のみならず、集まる人々がコミュニケーションや小さなアクションを起こしていく上での起点としての役割も担っている。さらに、「つくば経済新聞」の編集長や「つくばコミュニティ放送株式会社 ラヂオつくば」での夕方の番組ディレクターも務めており、つくばの出来事や情報の発信にも関わっている。

場所の運営、コミュニティづくり、情報の編集や発信、番組ディレクター、そして企業の代表など、つくばを起点に様々な活動に取り組む江本さん。これだけの役割や肩書が並ぶと、出会う前はこちらもかしこまってしまいそうだが、upTsukubaで名乗る肩書は親しみを込めて「おかみ」。この場所の利用者を一番に考えると同時に、誰よりも使い倒しており、来店した利用者のことを、朗らかに迎えてくれる。

今回はそんな彼女に、茨城にやってくるまでに経験してきたことや、いま現在のupTsukubaでの役割、そして移住者目線での茨城、つくばでの暮らしについて話を伺った。

都内でゲストハウスやコワーキングスペースでの場づくりを実践

江本さんが最初に場づくりに関わるようになったのは、大学を卒業し、就職で上京してきたころ。

学生時代に復興支援プロジェクトに関わった経験から「東北に関わる仕事をしたい」と思い、卒業後は自然エネルギーの会社の、東京支社に就職。復興支援プロジェクトの中でできた縁から、自分の住む地域を盛り上げようと活動するプロジェクトにも、積極的に関わるようになっていた。

そんなある日、江本さんは、当時お住いのエリアで活動するチームから「空き家をリノベーションしてゲストハウスを作るので、現場に立ってくれないか」と声をかけられる。ちょうどその頃、自分の仕事について考えるタイミングもあり、地域での活動にも充実感を覚えていたこともあったため、声をかけられた半年後に会社を辞めて、プロジェクトに参加。

ここで江本さんが現場を預かったゲストハウスから「おかみ」という肩書が始まった。

「プロジェクトに参加してからゲストハウスがオープンするまで時間があったので、色々な場所に自分たちのゲストハウスを伝えつつ、学ぶ旅に行きましたし、地域のお母さんたちにも来てもらえるように、主婦コミュニティに出入りして仲良くなったりしました。そこで出会って、今でも交流のある親子もいます」

ゲストハウスのオープン後は、宿泊客だけでなく、地域に住む人々と関わりながら、宿の運営と場づくり、コミュニティ作りを行う「おかみ」として勤務。

「下町商店街の空き家から生まれたゲストハウスを切り盛りする、若い女将」という江本さんの印象はキャッチーだし、お客様や地域とのコミュニケーションのハブとしての役割も、話題性を感じる。しかし江本さんが場所を作る中で大切にしていたのは、もっと基礎的なことだった。

「ゲストハウスはあくまで宿泊施設。色々な物語が生まれるのは、オプションだなと思います。一番大事なのは、お客様の安心と安全。私が『おかみ』であるということも、実際のところお客様には関係がないところ。誰かが最後に『江本っていう女将がいたな』と覚えていてくれたらいいかな、ぐらいに考えていました」

その後、同エリア内ののコワーキングスペースで、コミュニティーマネージャーとしての仕事をはじめる。コワーキングスペース内で行う場づくりやコミュニティづくりにも興味を抱いていたからだ。

ビジネス利用が中心で、利用者も仕事の軸をしっかりと持った人が多かったコワーキングスペース。江本さんは、日常のオペレーション以外にもイベントや交流会の企画も行っていた。企画作りには苦戦もあったそうだが、現場のコミュニティマネージャーとして、利用者や会員さんたちとのコミュニケーションを図っていった。

「利用者さんが受付にいる私と話すときは、休憩のタイミングでした。なので、私と話しやすい席を『江本席』と名付けたり、勤務が終わってからも私のキャリアの悩みを会員さんが聞いてくれることもありました。みんなで放課後みたいな時間を過ごせたのも楽しかったですね。今でも当時の会員さんの中には仲が良い人もいてupTsukubaにも遊びに来てくれます」

upTsukubaには、つくばセンター広場から入れる。


堀下さんと、つくばとの出会い

コワーキングスペースでのコミュニティマネージャーとしての実践を続けていく中、「場づくりについて話してほしい」という登壇依頼を受けることも増えていった。その頃、つくば市と繋がるきっかけが訪れる。

つくば市でコワーキングスペース「TsukubaPlaceLab」を運営する堀下恭平(ほりした・きょうへい)さんが、SNSでコメントを書き込んでくれたことがきっかけで、江本さんは2017年11月に行われたTsukubaPlaceLabのイベント『ゲストハウス×コワーキング談義 マネージャーたちによる談義的なやつ』を開催。ほとんどが身内の参加者だったようだが、その結果、主催者同士でじっくりと場づくりについて話すことができた。

イベント時のSNS告知バナー(TsukubaPlaceLab Facebookイベントページより)


「コミュニティマネージャーを続けてきましたが、『お金を生み出していないし価値なんか無いのでは』と思っていました。でも、堀下さんはそれを評価してくれたんです。それまで自分の能力を評価されることは無かったし、自分はどうしたら良いか分からない時期だったので、すごくうれしかったですね。そのときに、堀下さんと仕事ができればいいなと思いました」

堀下さんと意気投合した江本さんは、2018年の3月ごろから「upTsukuba」とその場所を運営する「合同会社for here」を設立。江本さんを代表、堀下さんを共同代表とし、同年6月6日に登記、6月末に働いていたコワーキングスペースを退職し、7月後半にはつくば市に移住してきた。

「退職時には、会員の皆さんへの感謝の気持ちを伝えたくイベントをしました。私が、参加してくれた人全員の他己紹介冊子を作って、そこから新たな繋がりも生まれましたね。今度、upTsukbuaでイベントをやっていただく方は、実はここで出会った人なんです。これまで様々な場で築いた縁がつくばまで繋がることに、とても嬉しく思いましたね」

空気を作り、使い倒す役割

upTsukubaのガラスに描かれた江本さんの似顔絵


これまでは「雇われる」という形で場づくりに関わってきたが、upTsukubaでは、現場の「おかみ」としてだけでなく、場の主催者という立場で運営に関与。共同代表の堀下さんとは「ノールックパスの投げ合い」をしながらスピード感のある連携をとっているそうだが、それも、お互いが場所の空気づくり、雰囲気作りの感覚を共有しているからこそできること。この場所に来てくれる会員さんが一番大切で、その上で企画運営を行う。

「もちろん会員さんのための場所ですが、私はこの場所の空気を作る人でもあるかなと思います。会員さんたちも、ここで仕事以外のことを勝手にやって良いか悪いかの境目に迷うことがあると思います。だから私は、『鍋やりましょう』『こういうことやりましょう』という感じで、アクションの起点を作ることを心がけていますね」

「第一回交流会! up Tsukuba交流会 あっぷちゃんだよ! 全員集合!」の様子(upTsukuba Facebookイベントページより)


同時に江本さんは、upTsukubaを使い倒す人でもある。日々の管理業務やイベント企画だけでなく、つくば経済新聞のインタビュー、upTsukubaの様子を伝える動画配信など、自ら積極的に場所を使い込んでいる。そんな様子を会員さんも見ていたせいか、最近は少しずつ、会員さんから『こんなことやってみたいです』という声も上がるようになったそうだ。

つくばというより、茨城に移住した感じ

つくば経済新聞やラヂオつくばのミーティングもupTsukubaで行われる。


移住してきたつくばの街の特徴は、日々の暮らしを送っていく中で少しずつ感じ取っている。

「最近になって、やっと季節の美味しい野菜を買える産直のお店の場所もわかりました。おすすめのパン屋さんも教えてもらったりもしています。駅周辺だけでなく、筑波山のほうにも面白い人がたくさんいるなということも分かってきました」

また、場づくりやメディアに関わる江本さんならではの視点で、街にある人や場所の魅力を見出している。

「つくば経済新聞として取材させてもらったり、ラヂオつくばで色々な人を紹介してもらったりしながら、『見出し方』が大切だと思いました。だから、メディアに携わって街の情報や出来事を取材して掘り起こせるのは役得ですね。そういうことを通して、街には色々な思いを持った人がいる、ということも、最近はちゃんと分かってきました」

移住してきた場所はつくば市だが、人と出会い、県内の土地に足を延ばすことで、「つくば市に移り住んだ」というよりも「茨城県に移り住んだ」という感覚になったそうだ。

「茨城県のことをもっと知りたくて、県内の色々なところに行きたいですね。先日は結城市の音楽フェス(結いのおと)を手伝いに行ったり、ラヂオつくばのディレクターに県北に連れて行ってもらったりしました。行きたい場所は多いですが、訪れた街のことを掘り下げてみたいです」

また、模索中でもあるのが、移住してきた場所での友達の作り方。

「つくばに住む20代の社会人はどうやって友達を作っているんだろう?という疑問はありますね。大学生でもない限り、大人になると友達を作りづらくなってくるのはどこの街でもあると思います」

社会人になってからの友達の作り方は、もしかすると、upTsukubaのなかにヒントがあるかもしれない。

「本当に居心地の良い場所」の追及

異なる環境での場づくりに取り組みながら、つくばにやってきた江本さん。常に現場で実践し続けてきた彼女は、これからも歩みを止めず進もうとしている。

「つくばを拠点に、何か月かかけて旅に出て、場所を持つ人と会ってじっくり話がしたいですね。場所を持つと、しんどいこともたくさんあるけど、それは場所を持つ人じゃないと分からない。だからこそ、実際に会って話をして、お互いに「本当に居心地の良い場所とは何か」を追及したいですね」

実践だけではなく、学術的な知識としても、場所やコミュニティについて研究していきたいそうだ。

「将来的に、大学院で、建築やプレイスメイキング、都市計画といったことも勉強したいですね。私が今までやってきたことに『実績あるよね』と言ってくださる方もいますが、実践と現場で得てきた知識が中心なので、学術的にきちんと研究してみたいです」

自ら動くことで楽しくなる、移住先の暮らし

江本さんは、つくばに移住してまだ1年足らず。にもかかわらず、upTsukubaをはじめとした活動や人との交流の様子からは、すっかりつくばに馴染んでいるように感じられる。江本さんなりの、「移住するときの心構え」のようなものがあったのだろうか?

「つくばに限ったことじゃないんですけど、受け身だと何にも楽しくないと思っています。移住した場所を楽しくしたいなら、街そのものに求めず、自分が動くことが必要だなと思います。けっこう大変かもしれないですけどね。だからこそ、東京からの移住を考えている人にとって、つくばは東京へのアクセスが良く縁のある場所にも行きやすい、安心感を得られる場所かもしれません。東京からアクセスしやすい場所への、近距離移住も増えてほしいですね」