茨城のヒト・コト・バ PEOPLE, THINGS, SPOTS OF IBARAKI

武藤夕佳さん

PEOPLE

だるまアーティスト/ムトゥデザイン

武藤夕佳さん

アートやクラフトを通じて、お互いの良さを認め合う

「アートやクラフトを通じて、街に暮らす人たちがお互いの良さを認め合える、そんなふうにあれたらいいな」

久しぶりに帰って来た古河の街に一人の表現者として物足りなさを感じただるま作家の武藤夕佳さんは、自ら行動を起こし、古河の街と関わりながら表現と交流のイベント企画やモノづくりに出会うスペースを仲間たちと設立。発信し続ける武藤さんに活動のストーリーと、古河に生まれた小さな変化について話を伺った。

東京から一時間、路地と古民家が残る城下町

茨城県の最も西側に位置する古河市。都心とのアクセスが良く、東京からは電車で約一時間で訪れることができる。複数の工業団地を有することと、土地の半数が農地であることで、工業と農業が盛んな街。一方でJR古河駅周辺は、古河城の城下町だった名残で、今なお細い路地の中に古民家や蔵が残り、古い物件を活用した施設や店舗なども点在する。

そんな古河駅周辺の街なかでは、アートやクラフトを通じて文化を育む活動が日常の中に生まれはじめている。

「暮らす人それぞれが、お互いの良さを認め合えるって素敵」

モノツクルクルカンパニー運営者の一人、武藤さんもクリエイターとして活動。活動内容は、だるま作り、イベント企画、スペース運営等多岐にわたる。

JR古河駅西口から南西方向に入り組んだ道を10分ほど歩くと、ジャンルの異なる5人のクリエイターたちが集う場所「モノツクルクルカンパニー」がある。ここは、彼らのアトリエや作品展示、イベント会場、そして企画を作るミーティングスペースとして使われている。

このモノツクルクルカンパニー運営の中心となっているのが、古河市出身の武藤夕佳(むとう・せっか)さん。2010年から古河で作家活動を始めた武藤さんは、古河市を拠点に作家活動やイベント企画を続けている。

作家活動では、独自の感性で彩られた「ムトゥだるま」を生み出すだるまアーティストを中心として活動。張り子で作られた白いだるまをベースに、自然・国・暦・日本的要素などをモチーフにしながら、ポップでカラフルな色彩と造形をほどこした独自のだるまを生み出していく。

そのほかにも、古河市内外の「農」を取り上げて伝える『一色一菜 ムトゥ青果店』の企画、そしてモノツクルクルカンパニーのメンバーたちと、古河市近隣の情報を発信するタウン情報誌『Wasse』(2020年3月をもって休刊)への寄稿や、地域イベントのプロデュースも行っている。

モノツクルクルカンパニーでは、所属するクリエイターによるワークショップや、「こんな企画をやりたい」という人の持ち込み企画も開催。作ること、表現することに身近に触れ合える。

「ユーモアもアイディアも、人とをつなぐ仕掛けを承ります」という思いの元、古河の街なかで活動する武藤さん。しかし、昔から「古河の街でいろいろなことをやってみたい」という思いがあったわけではなく、高校卒業後は県外の大学に進学し、大学卒業後は京都に住み、ギャラリーや調理の仕事をしながら絵描きの活動をしていたそうだ。

古河から遠く離れた京都での活動期間は9年に及び、長く地元からは離れていたが、京都の土地で過ごしながら武藤さんが感じ取ってきたことは、現在の活動に大きな影響を与えている。

「京都には、そこに住む人たち同士が持つお互いに良いところを認め、自ら面白いことを発信する文化があって、人のことを尊重できる雰囲気がありました。京都では居酒屋でも働いていて、そこは全席相席でぎゅうぎゅう。働きながら色んな国や地方からのたくさんの人と交流するのも、すごく刺激になりましたね」

その後武藤さんは、古河に戻りアーティストとしての活動を再開。日々を過ごす中で、古河の街には、表現を通じて人と人が交流する機会が少ないことに気が付いた。

「古河に帰ってきてみて、ちょっと物足りなさを感じてしまったんです。でも、この街に『つくること』を通じて人が交流する場があれば、色々なものを面白がったり、活動を楽しめるような街になると思ったんです」

オリオン商店街と一緒に作る「お互いに面白がれるイベント」

オリオン商店街の中にある「大聖院」。江戸時代初期にこの場所に建てられたという由緒あるお寺で、モノツクルクル市の第1回目が開催された(以降複数回この会場で開催)。武藤さんと江連さんが出会ったのもこの場所。

「古河の街にも、京都の知恩寺で毎月開催されている『手づくり市』のような、活気に溢れ、発信できる場所を設けたい」

その思いの元、武藤さん自ら企画したのが「モノツクルクル市」。モノツクルクル市とは、オリオン商店街をはじめ人とのご縁の中で出会った古河市内の場所で開催された、アート&クラフトマルシェ。表現に意欲のある作家や飲食店、そして作ること、表現することに興味がある人たちに楽しんでもらうために開催された。第1回目は20組ほどの出展者が集まったという。このイベントのテーマは「ものづくり+発信」で、その中で武藤さんが大切にしていたのが、出展者と来場者が「お互いを尊重し認め合って、お互いに面白がれる」という雰囲気を作っていくこと。

イベントは2010年から2014年にわたって全10回開催されており、イベントテーマ作り、会場の手配、出展者の募集や調整、PRなど、色々な人の協力をもらいながら進めていったそうだ。また、オリオン商店街の方々からの力強い応援を受け取っており、武藤さんは商店街の雰囲気を「お店のオーナーは若手からベテランまで様々で、世代を超えて皆が手を取り合って盛り上げていくような感じがあります」と語る。

オリオン商店街をはじめ様々な場所で開催され、面白いことに本気で取組んでくれる出展者が集結することで、独自の魅力が深まっていたモノツクルクル市。その一つである「モノツクルクル夜会 ーArouseYourEros-」では、「エロス」をテーマに開催。20才未満の方・お子様連れの方の入場お断りの制限を設け、イベントの面白さを追求した。


「初回モノツクルクル市の会場として選んだのは『大聖院』というお寺で、そこをお借りするときには、商店街の会長さんがお寺まで一緒に挨拶に行ってくれましたし、他にもいろいろと力になってくれました。街には懐の広い方たちがいるから若い世代もチャレンジできる。これからも、オリオン商店街を大事にしたいですね」

モノツクルクル市の出展者たちは、それぞれがテーマに合わせた作品作りや展示方法の工夫を行い「面白いものを見せ合う」ということに本気で取組んでいたそうだ。それは、武藤さんのイベントへの想いが出展者にも伝わっていたから、そして「面白いこと」に積極的な人たちが集まっていたからだろう。

オリオン商店街が開催する夏祭り「七軒町(しちけんちょう)の夕日」にも、モノツクルクルカンパニーとして出展。らくがき判子せんべい、塗り絵、おばけメイクなど、メンバーそれぞれが持つクリエイティブに触れてもらう機会を設け、来場者に「つくること」の楽しさと発見に親しんでもらった。


イベント開催を重ねる中で「私もモノツクルクル市に出展したいです」「この場所でも開催してほしい」という声も増えていったそうだ。そのことを思い返しながら、武藤さんは「古河でも発信を形にするきっかけのひとつになれたかな」と語る。

現在モノツクルクルカンパニーのメンバーである判子作家の江連真希(えづれ・まき)さんも、モノツクルクル市第1回目からの出展者。以前から続けていた判子作家としての活動も、このイベントをきっかけに活動の幅が広がったそうだ。さらに「みわの森」という古河市の旧三和町エリアで行われるイベントの企画立ち上げを行い、運営の中心にも関わるようになった。

江連さん(写真右)も、モノツクルクルカンパニー運営に積極的に参加。判子作家「江連判子店.」として作品作りやデザイン作成を行うほか、武藤さんとともにイベントや企画作りを行うことも多い。

「面白いこと」を、もっと日常に

武藤さんとオリオン商店街、そして出展者と一緒に作ってきた「モノツクルクル市」は終了したが、そこで生まれた繋がりは今でも途絶えていない。

「4年間で10回のモノツクルクル市を開いていくなかで、県内外の面白い人同士の繋がりも生まれました。新しく何かを企画するときは『あの人とコラボしたら面白いんじゃないかな』と思いだせる人がたくさんいて、そんな繋がりは本当に宝だと思います。そして現在、古河ではいろんなイベントや活動が多発していますし、外に向けて街がカラフルに色づいています」

その一方で武藤さんは、「『アートとクラフト』を育み根付かせるためには、イベント開催だけでは実現できない」ということも感じていた。

モノツクルクル市で大切にしていた「人と人が交流して、面白いことを発信する」ことを、もっと日常の中に落とし込む必要がある。そう考えた武藤さんは、江連さんとともに現在のメンバーに声をかけ、これまでのイベントのなかで培ってきたノウハウ・繋がり・想いを引き継ぎ、シェアオフィス&ギャラリースペース「モノツクルクルカンパニー」を立ち上げ、新たな取り組みを進めていった。

心の底から湧いてきた「本当に面白いこと」を伝える場所

モノツクルクルカンパニーのメンバーたち。左奥から、飯野勝智さん、小春あやさん。左手前から、江連真希さん、武藤夕佳さん、ヨコオオジミホさん。


モノツクルクルカンパニーは、これまでの活動で縁が深まったオリオン商店街の中にある。建物は、かつて生活雑貨のセレクトショップとして使われていた物件で、そこを引き継ぎ、リノベーション工事を施して作られた。

この場所の立ち上げには、武藤さんの他、判子作家の江連真希さん、イラストレーターの小春あや(こはる・あや)さん、デザイナーのヨコオオジミホさん、一級建築士の飯野勝智(いいの・かつとし)さんが参加。4人とも、武藤さんがこれまでのイベント企画や出展の中で繋がってきたクリエイターたちだ。

この場所は、「企画・展示・販売ができる場所を通して面白いことを発信し、人の交流を生み出したい」というテーマのもとスタート。ここは楽しい発見と交流のある場所。「古河の街のために」という気負いではなく、古河に住んでいる人にも、市外からやって来る人にも、この場所に来て純粋に楽しんで欲しい気持ちが込められている。

ふらっと立ち寄ったモノツクルクルカンパニーのメンバーや街の人と一緒に雑談で盛り上がりながら、そのまま企画が生まれることもある。そんなときに「瞬間的に心の底から湧いてくる面白いこと」をしっかりと捕まえていく。

「この場所のメンバーは、全員がクリエイター。手仕事のプロです。だから、モノツクルクルカンパニーに実際に来てもらって、肌を通して生み出される物の魅力を伝えたいし、手作りの魅力に気づいてほしい。ワークショップなどを通じて作ることを知らなかった人にも『手を動かしてみたら楽しかった!』という体験もしてほしいですね」

武藤さんたちは「瞬間」を大切にして活動を行っている。というのも、「生み出す楽しさ」は、日常の中で、心が動かされたとき不意に生まれてくるものだからだそうだ。

「本当に面白いと思うことは、瞬間的に心の底から湧いてくるもの。だから、企画をして調整して予算取りして、というような、手順を踏んで計画的に進めることは、私たちの中ではちょっと難しいかもしれないです。でも、だからこそアーティストやクリエイターが本気で取り組んでいることの面白みを、この街、この場所を通して伝えていきたいと思います」

生み出すということは、人生で一番面白い

オリオン商店街に店舗を構える「野村甘露煮店」の店主と店先でたまたま遭遇。そのまま商店街の企画の話で盛り上がる。

2010年から様々な活動を経て、モノツクルクルカンパニーを始めて1年。

「作家活動やお仕事、イベント企画など、何かを生み出すのは、人生で一番面白いことだと思います」

そう語る武藤さんは、これからの活動では、アートやクラフトといった縛りにこだわらず、もっと様々なジャンルの方とのコラボレーションをしたいと考えている。

「アートは伝える手段として、共感・批判・あらゆるきっかけや受け皿になれる平和的なツール。想像力を高められたら世の中はもっと違う動きになるかなと思いますし、そんなアートをもっと身近に感じてもらいたくて、農業とアートの組み合わせにも興味があります。最近では『一色一菜 ムトゥ青果店』という企画で、農家さんにスポットを当て、取材や野菜の販売企画などを行っています。自然とアートは相性が良いと思っていて、地方の自然の中で開催されるアートイベントがたくさんあるように、アートを生活の一部により浸透させ興味を持ってもらうきっかけになるのではないでしょうか。これからやってみたい企画は、古河は茨城県の隅っこで、県庁所在地方面との交流も少ないので、市内外の人達と何か出来たら面白そうだなと思います。たとえば、音楽やファッションの分野ですとか、風土による市民性とか。それ以外でも、面白いことにどん欲で私たちと一緒に『こんなことやりたい』というのを持っている人は、ぜひ声をかけてもらいたいですね」

Cafe 5040 Ocha-Novaもオリオン商店街の店舗の一つ。中央の男性が、武藤さんが「面白いことをやってくれそうな人」と推す店主の須藤さん。

古河での活動を続けてきた武藤さんに「古河の街なかにはどんな面白い人がいますか?」と伺うと、「ドラヤキワダヤの染谷さん、岩井眼鏡店の岩井さん、Cafe 5040 Ocha-Novaの須藤さん、コルシカの土信田さん、アーティストの恒星さんなどをはじめ、他にも紹介したい人はたくさんいますね」と教えてくれた。きっと彼らも、古河の面白さを作るキーパーソンかもしれない。

茨城県の最西端にある古河市で、街に暮らす面白いメンバーたちに囲まれながら活動を続ける武藤さん。現在武藤さんは、古河市内や隣接する地域での活動が多いが、茨城県内各地との交流にも取組んでいけたらと考えているそうだ。

「古河市は、地理的に栃木県や埼玉県に隣接しているので、街の生活圏としてもその二つの地域が近いです。でも、茨城県内各地の人たちとの交流も盛んになったらいいなと思います。人と人の交流が盛んになれば、そこで色々な人たちと繋がれる。その中で私も、アートのジャンルを超えた面白さを形にしてみたいですし、だるま作家としての交流もしてみたいです。茨城県内でいい物づくりをする作家さんや会社さんもたくさんいらっしゃると思うので、イベントだけでなくビジネスとしても交流したいですね。面白いことも、街への愛も、人との交流から生まれると思うので、これからも交流を大事にして活動を続けていきたいです」

武藤さんとモノツクルクルカンパニーの活動はこれからも続いていく。作ることが好きな人、表現することが好きな人、そして面白いことが好きな人は、まずはモノツクルクルカンパニーを入り口に、古河の街で面白がるきっかけを見つけてほしい。

PROFILE

PEOPLE

茨城県古河市出身。高岡短期大学(現富山大学芸術文化学部) 産業造形学科を卒業後、京都で絵を描きつつ料理とお寺、人々にもまれながら過ごす。2010年に古河市にUターン、オリジナルだるまのブランド「ムトゥだるま」を設立、さらに「モノツクルクル市」を始める。2019年に「モノツクルクルカンパニー」の立ち上げに関わり、「一色一菜 ムトゥ青果店」などの様々な企画・運営を行う。だるまを作る時も企画の時も「本気のことしか伝えられない」ことを大切にしている。趣味は旬の食材を楽しんで料理すること、それを食べること。特技は手際の良さ。マイブームは野鳥との共生。


モノツクルクルカンパニー https://monotuku.space/
ムトゥデザイン https://www.instagram.com/d.d.mtwoo/

INTERVIEWER

藤本尚彦

1990年 鹿嶋市出身。山形で大学生活を過ごした後、宇都宮でシステムエンジニアとして働く。その後、「一般社団法人 カゼトツチ」で移住者の交流会などの地域に関わる活動や、ライターとしての活動を始める。テーマは、居場所を増やすこと、個人や団体の想いを地域の方々に届けること。

Photo:佐野匠(下妻市在住)(一部提供写真を除く)