茨城のヒト・コト・バ PEOPLE, THINGS, SPOTS OF IBARAKI

樫村智生さん

PEOPLE

樫村ふぁーむ

樫村智生さん

想いを語れる「カッコいい農家」を目指し、仲間とともに高め合う

「カッコいい農家になりたい」
そう語る樫村智生さんは、茨城県日立市の「樫村ふぁーむ」の経営に携わる若手農家。ぶれない軸と柔軟な考え方を持って農業を営み、若手農業グループの仲間たちと互いに高め合いながら、自らの仕事に誇りを持ち、その魅力を伝えられる農家を目指している。
今回は、智生さんに、樫村ふぁーむの農業と若手農家グループRe:Agriの活動についてインタビュー。圃場(ほじょう)の一画で、農業に懸ける思いをたっぷりと語ってくださった。

若者たちが盛り上げるこれからの農業

茨城県といえば農業。平成30年の農業出荷額は全国第3位で、茨城県産の青果物は2019年まで16年連続で東京中央卸売市場青果物取扱高1位をキープしている。これは茨城の豊かな自然と気候、そしてその環境を活かし様々な農業に従事する人たちの努力の賜物だ。

しかし現在、全国的な傾向ではあるが、茨城の農業でも、農家数や農業就業人口の減少や、農業従事者の高齢化という問題を抱えている。その一方で、若い農家たちが熱い気持ちと独自の取り組みで農業を盛り上げる、前向きな動きも生まれている。

茨城県日立市で農業を営む樫村智生(かしむら・ともき)さんは、そんな若手農家の1人。智生さんは、父の健司(けんじ)さんが始めた有機栽培農家「樫村ふぁーむ」の二代目。土地・作り手・食べる人を大切にした農業を営むかたわら、県北地域の熱意を持った若手農家たちのグループ「Re:Agri(リアグリ)」の運営も担っている。

樫村ふぁーむで収穫されるピーマン。たくさんの作物を農薬を使わずに育て続け、努力の甲斐あって「農薬を使っていないとは思えないほど見た目も美しい野菜ができるようになった」とのこと。

「息の長い農業」を続ける樫村ふぁーむ

樫村ふぁーむは、日立市の最北部、JR常磐線十王駅から、車で北東に10分ほど走った場所にある。雑木林に囲まれた東京ドーム3個分を超える広さの農園で、現在は代表の樫村健司さん、智生さん、智生さんの兄・健生(たけお)さん、智生さんのご家族、そして13名の従業員で営まれている。
従業員の中には、通信制の高校に通いながら働く十代のスタッフや、東京の企業でテレワークで働きながらも、週に二日、副業として農作業をするという、柔軟な働き方をするスタッフもいる。

樫村ふぁーむの圃場の一部。広さと、小高い丘の上という立地のおかげで、他の農場で撒かれた農薬の影響も受けづらいそうだ。

樫村ふぁーむを現在の場所に作り上げたのは、初代の健司さん。健司さんが農業を始めたのは40年以上前で、始めた当初から有機栽培一筋。農薬も使用していない。地域の環境を活かし、「量より質」を突き詰めた結果だ。

就農当初は借地で農業をしており、借りた圃場が軌道に乗って来たころで土地を返さなくてはならない、ということが繰り返されていた。そのたびに繰り返す、有機栽培のために欠かせない土づくりの労力も大きい。これでは、手間がかかりすぎて、理想とする有機栽培が立ち行かなくなる、ということで、一念発起して現在の土地を購入したのが約25年前。以来この土地で、有機栽培と農薬不使用を貫きながら、旬の野菜を中心に年間を通して約100種類以上の野菜を栽培し続けている。

樫村さんたちが大切にしているのは、「自分たちの土地に根付いて旬の作物を安心安全にお届けするのは当然のことで、美味しく、環境にも優しいやり方で、息の長い農業を続けていく」ということ。

圃場の中にあるゴーヤ棚。夏季は、有機栽培の生きた土壌の養分を吸収し、どんどん緑が生い茂る

樫村ふぁーむで育てられた美味しい野菜は、地域のスーパーマーケットや直売所、個人経営の飲食店、特別支援学校などに卸される。さらに、インターネットで「樫村ふぁーむの旬の野菜お任せBOX」も販売。新型コロナウイルス感染症の影響で、売上が減った卸先もあったが、一方で自宅での食事の機会の増加や健康への関心の高まりもあり、インターネット販売の売り上げは以前より伸びたそうだ。

「美味しかったよ」の声があるから続けられる

「親の背中を見て育ってきた、というのが農業への入口でしたね」

現在、樫村ふぁーむの二代目として経営に携わる智生さん。子ども時代は、プロ野球選手や消防士といった夢も持っていたが、真剣に農業に取り組む父の背中を見て大人になり、農業の世界を志すようになった。

樫村ふぁーむに就農して間もないころは、健司さんに仕事を教わりながらも受け身な姿勢であったが、地元の日立で活躍する人たちと出会ったことで、智生さんの考えも徐々に変化。仕事に対しての興味も沸き、農業が持つ奥深さにはまっていったそうだ。

忙しい作業の合間でも、飾らない言葉で思いを語ってくれる智生さん。

智生さんが経験を積むにつれて健司さんも認めてくれるようになり、お互いに意見交換をすることも増え、大事な仕事の一つである種の発注を智生さんが任されるようにもなった。

これまで父の背中を追いながら続けてきた農業を振り返り

「『食べる人の喜んでいる顔が見たい』という気持ちがあるから、この仕事を続けています。育てた野菜を食べたお客さんから直接『美味しかったよ』と言ってもらえれば励みになる。効率性だけを求めて大量に作る仕事だったら、農業を辞めてるかもしれませんね」

と微笑みながら語る智生さん。初代が築いてきた畑やノウハウ、そして樫村ふぁーむの軸を大切にしながら、農業の現場に向き合っている。

仕事に誇りを持つからこそ、魅力が伝わる

樫村ふぁーむ次世代の担い手となった智生さん。いま智生さんは、圃場を任せられる後進の育成とともに、農業への情熱やぶれない軸を持った仲間を増やしたい、という思いを持っている。

仕事への誇りのため、炎天下での地道な作業も欠かさない。

「カッコいい農家になりたいんですよ」と話す智生さん。ここで言うカッコいいとは、見た目の良さや取組みのインパクトのことではなく、誇りをもって生き生きと働き、仕事の魅力を伝えられるということ。

「農業という仕事に魅力があることを分かってもらいたいし、どんどん伝えていきたい。そのためには、自分の仕事に誇りを持てないと何も言えないから、『自分はこんな思いでやっている』という軸になる部分を大切にしています」

智生さんにとって、先代から受け継がれてきた農法や、お客様の喜んでいる顔が、「軸」の部分。そして軸を大切にする一方、「マイナーチェンジを恐れていると、あとは退化するだけ」とも強く語る。

「変える部分と変えない部分を併せ持つ必要があります。時代はどんどん先に進んでいくので、変化がないままだと、あとは退化して遅れていくしかないですからね」

お客様の喜んでいる顔というぶれない軸をもって農業に向き合いながらも、新たなことに柔軟に挑戦していく。それを続けることで、1人の「カッコいい農家」として、農業という仕事や自分たちが育んだ野菜について、自信をもって語ることができるのだろう。

時間を忘れて語り合える農家仲間

「カッコいい農家」を目指しながら、「仕事に熱い仲間が欲しかったんですよね」とも話す智生さん。そんな想いのもと、智生さんは2019年5月、日立市をはじめ県北地域の熱意ある若手農家たちに声をかけ、地域に密着した食のプラットフォーム「Re:Agri」を設立。

「仕事のことについて、一緒に熱い話ができたり、これからの農業について考えられたり、意見交換ができたりする仲間がいたら楽しいよな、と思ったんです」

現在参加しているメンバーは、日立市、高萩市、常陸太田市の農家5件。メンバーの年齢層は、20代後半から40代半ば。智生さん曰く、「40代のメンバーでも考え方が若いと思うし、みんないろいろなことに挑戦したいという気持ちを持っている」とのこと。

Re:Agriのメンバーたち。上段左から、樫村ふぁーむ(日立市)、源ちゃん農園(日立市)、タクミファーマーズ(日立市)。下段左から、柴田農園(高萩市)、木の里農園(常陸太田市)、智生さんの兄・健生さん。野菜やお米の他、ベビーリーフ、エディブルフラワー、マンゴー、リンゴなど栽培する作物も多彩。

Re:Agriは、現在も仲間を募集中。明確な加入条件があるわけではないが、「自分の農業に熱意や軸をもっているかどうか」が、承認のポイントとなる。

「ただ漠然と仕事をするのではなく、意欲的な姿勢は大切ですね。たとえば、うちでは農薬を使っていませんが、農薬を否定しているわけではないです。基準値を守り『なるべく少なくしていこう』という努力があればいいと思うんです。やらされているような気持ちではなく、想いを持って仕事している人に参加してもらいたいですね」

普段の活動は、農業に関する勉強会や情報交換、メンバー間で行う圃場見学、農業の先進地域への視察など。コロナ禍の影響を乗り越えながら開催したのは、来場者が車に乗ったまま、最小限の接触でメンバーたちが丹精込めて育てた野菜を買える「日立ドライブスルーマルシェ」。2020年5月から毎月1回ずつ開催し、継続することでリピーターも獲得。メンバーたちが育てた野菜の美味しさだけではなく、農業に懸ける思いを知ってもらうきっかけにもなっている。

「日立ドライブスルーマルシェ」の準備の様子。買いに来たお客様に野菜を喜んでもらっただけではなく、お客様から「若者達が笑顔で頑張っている姿に元気をもらいました」という応援のコメントも頂いた。

Re:Agriの活動について「楽しいし、刺激になる」と智生さんは話す。仕事柄、畑や作業場に籠りがちになってしまうが、この活動があることで、みんなで集まり、野菜を買ってくれる人のことを考えながら、どうすればより良い農業を続けていけるか、時間を忘れて熱く語り合える。

「日立市内にある産業支援センターの会議室に夜7時ぐらいに集まって勉強会をしています。栽培や品種のマニアックな話もしますし、これからの農業のことについても話します。イベントやマルシェの企画でも盛り上がりますね。お酒の席でもないのに、お茶とお茶菓子でずっと話し込んで、会議室の管理人さんに『9時過ぎてるんで、そろそろいいですか』って注意されることもあるぐらいです」

次の世代からも「カッコいい」と思われるように

「本当の意味で消費者と顔の見える関係」を築きたいという思いも抱く智生さん。農作業体験等を通して、参加者に農業や食べ物に対して興味を持ってもらうための「観光農園」も構想中。

ぶれない軸と柔軟性のある農業を実践し、Re:Agriという熱い若手農業チームのなかで互いに高め合っている智生さん。農業の世界ではまだ若手かもしれないが、「これからは自分たちの世代が中心になっていくから、どんどん声を上げていかなくちゃならない」と語る。

農家数や農業就業人口の減少、農業従事者の高齢化といった課題もある中、後継者や農業に携わる仲間を増やすためには、まずは自分たちが積極的に行動を起こし、若い世代にもアピールしていく必要があるからだ。

「ぶれない軸を持って農業を続けていくのはもちろんですが、面白いことや新しいことは、まずは取組んでみようと思うんです。失敗するか成功するかはともかく、挑戦を肯定できるような文化になっていないと、若い人たちも農業に参加しづらくなってしまうと思うんですよね」

そして、この地域で働く農家たちが「カッコいい農家」であればこそ、若い世代も農業という働き方に魅力を感じていけるのかもしれない。

「あとは、自分自身も背中で語りながら、うちの子どもたちからも『親父の背中がかっこいいから、俺も農業やりたいな』と思ってもらいたいという、淡い期待も抱いています」

さらに、他にもRe:Agriのような団体があれば、一緒に協力していきたいとも語る。

「一緒に連携をとりながら協力することで、できることも大きくなっていくと思うんです。それに、農業に限らず、誰か一人が良くなるのではなく、みんなが良くなる世の中を作っていきたいですね」

自身も父の背中を見て育ってきた智生さん。続けてきた農業を子の代に渡すときは「自分がいま背負っている仕事の苦労を、もうちょっと楽にしてから渡したい」と、淡い期待と共に語る。

熱い現場を垣間見るところから関われる

いま茨城県には、熱意ある仲間とともに、これからの農業を魅力的にしていこうとする若者たちがいる。そして、智生さんやRe:Agriのメンバーたちが営む熱い農業には、多様な関わり方もできるようだ。

樫村ふぁーむでも、東京の仕事をテレワークで行う人が副業で関わっていたり、短時間勤務のパートや学生のアルバイトも働いている。農業への関わり方は、思っているよりも選択肢が多く柔軟になっているのかもしれない。

農業に興味がある方、熱い農家仲間が欲しい方、そして「カッコいい農家」になりたい方は、智生さんたちがどんな想いを持って仕事に取り組んでいるかを間近で知るために、ぜひ智生さんを訪ねてほしい。

 

PROFILE

PEOPLE

株式会社樫村ふぁーむ二代目。
代表である父・健司さん、販売を担当する兄・健生さんやその他のスタッフとともに農業を営む。自分たちの土地に根付いて、旬の作物を安心安全にお届けするのはもちろん、美味しく、環境にも優しいやり方で、息の長い農業を実践中。

作物生産だけでなく、育てた作物の加工販売、イベント参加・企画も行うほか、地元小学校と田植え体験、街探索、職場体験などの取組みも参加。食の大切さを多くの人に伝えられる活動に取り組む。

現在、地域に密着した食のプラットフォーム「Re:Agri」のメンバーとともに、カッコいい農家を目指して日々実践と試行錯誤を繰り返している。

樫村ふぁーむ https://www.kashimura-farm.com/

INTERVIEWER

佐野匠

1985年茨城県下妻市生まれ。20代半ばに東京から地元に戻るも、キャリアもスキルも学歴も無かったため、悩んだ末にボランティア活動に参加し、その中で写真、文章、デザイン、企画、イベント運営などのノウハウや経験値を蓄積。最近やっとライターやフォトグラファーの仕事を頂けるようになりました。カッコいいと思うものは、マグナム・フォトとナショナルジオグラフィック。

Photo:鈴木潤(日立市出身)(一部提供写真を除く)