様々な街にある地域コミュニティには、街を魅力あるものにしたいという想いや、チームで楽しみたい、何かを実現したいという気持ちが込められている。だからこそ、地域コミュニティに関わることは、その場所や人に深く馴染んでいくことへのきっかけになるはず。
茅ヶ崎市から鹿嶋市へのUターン後、作庭事務所を営みながら地域活動を続けてきた須藤さんは、2020年2月に地域コミュニティBe One Designを設立。活動の中では、楽しみながらその人らしく地域に関われる関係性はもちろん、そこから生まれる仕事のつながりも大切にしている。
今回は、須藤さんが鹿嶋市で取り組んできた様々な活動と、コミュニティづくりへの想いについて伺った。
鹿嶋の街で、良い庭と良い地域をつくる
茨城県の南東部に位置する鹿行(ろっこう)地域は、日本で二番目に大きな湖「霞ケ浦」と太平洋に挟まれた地域。その中の1つ鹿嶋市は、古い歴史を持つ鹿島神宮、Jリーグ鹿島アントラーズの本拠地である県立カシマサッカースタジアム、サーフスポットとしても知られる下津海水浴場など、観光やレジャーが盛ん。
また、市の沿岸部には鹿島臨海工業地帯が広がり、鉄鋼業や石油化学等の企業を有する産業の街でもある。そのため、県外から転勤や就職で鹿嶋市にやってきて、そのまま茨城に暮らしの場所を構える人も少なくない。
そんな鹿嶋市で、作庭事務所「にわけん」を営みながら、地域活動に精力的に取り組んでいるのが、須藤謙(すどう・けん)さん。
庭作りでは、「お客様が持つイメージと僕が持つイメージを、じっくりとお話しながらすり合わせていく」ということを大切にしている。お互いの思い描くものが一致したときにこそ、いい庭ができるのだそう。
庭づくりの際は、施主の趣味や価値観、思い出に向き合う。「お客様しか知らない風景や経験のことも、庭に反映できるように、自分のものにしていく必要があるんですよね」と須藤さん。
地域活動では、環境活動団体「かしま環境ネットワーク」への参加、音楽フェス「Hasaki Music Festival ~波フェス~(以下、波フェス)」「神なか音楽祭」の企画運営、ラジオ番組「かしまの未来創造会議」へのパーソナリティ出演など多岐にわたり活動。現在は、これらの活動を通じて知り合った仲間たちとともに設立した地域コミュニティ、「Be One Design」を中心に活動中。
「0から1をつくっていくための行動力に自信があります。仕事やイベントづくりなど、僕のパイオニア精神に共感して仲間になってくれた人も少なくないと思います」
そして家庭では、三人の子どもたちのお父さん。仕事に地域活動に打ち込みながら、「今は興味がないかもしれないけど、大人が一生懸命取り組む姿を見せておきたい」と子どもたちに背中で語っているところだ。
庭作りのメッカを目指し、茅ヶ崎へ
鹿嶋で幅広く活躍する須藤さんは、生まれも育ちも鹿嶋市だが、Uターン移住者でもある。茨城県の工業高等専門学校を卒業した須藤さんは、大手鉄道会社に就職。その会社で5年ほど働いていたが、「庭」という空間の魅力に惹かれ、庭作りの道に歩み始めた。
「高専時代によく通っていたカフェに、大人になってから訪れたら、室内だけでなくそこから見える庭も素敵なことに気づいたんです。自然が魅力的に見えるけど、よく考えると人の技術と感性で造られたもの。『こういう仕事もあるのか!』とその時気づいたんですよね」
そして一念発起し、庭作りのメッカといわれる神奈川県茅ヶ崎市に移住。現地の作庭企業に就職し、本格的に庭作りを学んでいった。ここで学んだのは、庭作りに必要な技術の基礎と、庭だけでなく人々の生活の様子を捉える観察眼。茅ヶ崎で習得した、人に向き合う丁寧な仕事は、現在の「にわけん」の庭作りに繋がっている。
鹿行地域のニーズに寄り添った庭づくり
2年の修行の後、そのまま茅ケ崎市で「にわけん」として独立。茨城出身の奥様と結婚し、子どもも生まれ家庭もできた。その時は、「湘南が好きでしたし、ここで一生暮らしていこう」と考えていたそう。
しかし、須藤さんも奥様も、茨城に住む両親について気がかりな思いもあった。
「神奈川から茨城に帰るのに、片道3時間。だから、僕たちも茨城で暮らした方が両親たちも安心できるかなと思い、家族で鹿嶋にUターンしました」
地元に帰るにあたって「鹿嶋でも、茅ヶ崎でやってきたような庭作りができるだろうか」という不安もあったという。しかし、須藤さんは持ち前の行動力を発揮し、鹿嶋の住宅地に「にわけん」のチラシのポスティングを粘り強く続けて、顧客を獲得。同時に、自分の仕事をブログで発信しながら、鹿行地域の新たな顧客を開拓していったそう。
「『にわけん』の情報を発信することで、僕の仕事や感性に共感して声をかけてくれる方が現れました。中には、神奈川から鹿嶋に引っ越してきた方もいましたね。ブログやSNSをきっかけに出会った方たちとのお仕事では、茅ヶ崎で培った力を活かした良い庭作りができました」
庭づくりのデザイナーでもあり職人でもある須藤さん。須藤さんの仕事のスタイルに惹かれて、近隣地域から仕事を手伝いに来てくれる人も現れたという。
しかし、相手の価値観にじっくりと向き合う庭造りだけでは、経営が成り立たなかった。須藤さんは、鹿嶋で仕事を進める中で、地域のニーズの中には、シンプルな外構工事を求める顧客も多いことに気づいたそう。
「鹿嶋に戻ってきたばかりのころは、茅ヶ崎との『庭作り』のニーズの違いに戸惑いましたが、外構工事も立派な仕事。作りこんだ庭でも、シンプルなブロックの塀作りでも、お客様の価値観に向き合った仕事が大切ですね」
積極的なイベントづくりで、地域とつながる
鹿嶋での仕事が安定してきたころ、かねてより誘いのあったかしま青年会議所(以下、かしまJC)にも参加。「人脈を増やして仕事の幅も広げることができれば」という思惑もあっての加入だったが、実際に参加してみることで、多彩な業種で活躍するメンバーたちが、様々な取り組みで地域に貢献していることも知ったという。そして須藤さん自身も、かしまJCが企画運営する取り組みに参加。
ラジオ番組「かしまの未来創造会議」放送中の様子。初代のラジオパーソナリティに選ばれた須藤さんは、「実は、僕が不在の会議のときに選ばれてしまったんです。だけど、せっかくの成長の機会なので、挑戦させてもらおうかな!と思って、引き受けました。」と当時を振り返る。
現在須藤さんが取り組む「Be One Design」に繋がっていく「波フェス」も、ここでの活動がきっかけで生まれた。2017年にかしまJCが設立20周年を迎えるにあたり、その記念事業の担当を務めていたのが須藤さん。須藤さんは自ら声を上げ、波フェス実行委員会を結成。イベント実現に向けて仲間とともに動いていった。
「昔から音楽フェスの企画には憧れがあったんですよね。でもこの地域に音楽フェスは無かったので『無いなら自分たちでつくろう』ということで、みんなでゼロから立ち上げていきました」
アイディアを出した当初は、かしまJCや実行委員会のメンバーも、音楽フェスをどのように企画運営すれば良いか不安の声が多かったそう。それでも須藤さんは自分の思い描くイベントを語り、茨城県結城市の音楽フェス「結いのおと」に仲間とともにスタッフ参加して研究しながら、準備を進めていったそう。
その甲斐あって、波フェスは大成功。現在は新型コロナウイルス感染症の影響もあり開催は一時ストップしているが、2017年から2019年まで年1回のペースで継続してきた。
鹿行地域初の音楽フェスとなった波フェス。第1回目の開催では、クラウドファンディングでも多くの応援があった。「波フェス当日を迎えて初めて、自分たちの手でこのフェスを作ったんだという実感が沸き、終了後の打ち上げでは皆で涙しました」と須藤さん。(写真は2019年開催のもの)
「波フェスを開催すると、街の方からも『自分たちの街で開催してもらえてよかった』『次はうちの店も出展したいです』という、思ってもいなかった反応を頂きましたし、波フェスの運営を手伝いたいという人も現れて、普通なら出会えなかった人たちと繋がることができました。こういう出会いが、街のコミュニティづくりに続いていきますね」
仕事も想いも大切にしたコミュニティを
かしまJCとともに波フェスを始め地域活動に取り組んできた須藤さんは、40歳を迎えてかしまJCを卒業。しかし須藤さんの活動はここで終わりではなく、これまで出会ってきた共感しあえる仲間とともに、2020年2月、新たなチームを結成。それが、須藤さんがリーダーとして活動する「Be One Design」。音楽イベントを通じて、地元の魅力発信、市民コミュニティの創出、自然環境保全を推進していく任意団体だ。
現在は新型コロナウイルス感染症の影響もあり人が集まるイベントの企画はできないが、フェス飯「はまぐり焼きカレーパン」の開発、鹿嶋市の隣町、神栖市で行われている壁画を描く試み「神栖1000人画廊」へのペイント参加、チームのロゴやユニフォームづくりなど、小さな動きを継続している。
音楽フェスを開催できない今、Be One Design独自に「フェス飯」を開発し、活動PRもかねて小さなマルシェイベントに参加し販売している。レシピ開発には、食育に関わる活動をするメンバーが中心となった。
「『みんなが1つになれる地域をデザインする』という意味を込めて、Be One Designという名前にしました。チームの大きな目的の1つが、コミュニティの形成。地域の中に遊びでも仕事でも繋がれる仲間を集めていきたくて、そのための手法として、音楽フェスに関する活動や、地域PR、エコ活動等に取り組んでいます」
コミュニティを育みながら、関わる人がその人らしく生きられる、街で出会ったときにお互いに気軽に声を掛け合えるような関係性を目指していくという。
2020年は新型コロナウイルス感染症のため開催できなかった波フェス。感染症の収束とイベント再開への想いを込めて、Be One Designのメンバーとともに、「神栖1000人画廊」へのペインティングに参加。
参加しているメンバーは、波フェス実行委員会で知り合った14名。高校生から50代までの男女で構成されており、中には親子で参加しているメンバーもいる。チームのロゴのアイディアを出したのはメンバーの高校生で、須藤さんたちも「若い人たちにはこういうデザインが刺さるのか!」と若い世代からの刺激をもらうこともあったそう。
Be One Designの「みんなが一つになれる地域をデザインする」ための活動は、ボランティア活動。しかし、地域を思う気持ちも大切だけど、ビジネスも両立して考えて行くことが大切なのでは、と須藤さんは語る。
「仕事やお金も大事ですからね。ビジネスが成り立っていないのにボランティアに取り組んでいても、疲弊してしまうと思うんです。だからこそ仕事を意識する必要があるし、仕事であっても地域貢献することはできますから。僕の仕事も、『美しい庭を作る』ことで、街の景色を良くすることに役立っていると思っています」
Be One Designのメンバーたちと作ったチームのロゴと、オリジナルのシャツ。高校生のアイディアからロゴのアイディアを考え、メンバーのデザイナーがデザインとして具体化させた。
ボランティアという言葉には、自分の技術や時間を無償で提供するイメージがあるかもしれない。それでも「仕事やお金も大切」と考えていくのは、自らビジネスを創業し、並行して地域活動にも取り組んできた須藤さんだからこその想いではないだろうか。
もちろん、ボランティア活動だからこそ生まれる人と人との信頼関係にも期待がある。
「ボランティア活動の中では、メンバーたちと友達みたいな感じで付き合えるので、お互いの人間性も伝わり信頼関係も生まれてくる。地域活動も仕事も一生懸命な人なら、信用もできますしね。そこから『この人に仕事をお願いしてみよう』という展開も生まれるし、仕事も地域活動も継続できる。だからこそ、地域活動とビジネスの両立は大切ですね」
Be One Designのロゴ作成を担当したメンバーに、須藤さんは「仕事」として、にわけんのオリジナルパーカー作りを依頼。ボランティア活動の関係性が、ビジネスにも繋がっている。
地域の活動の中で、楽しさだけでなく生活の中で必要な仕事の繋がりも意識できるコミュニティがあることは、これから鹿嶋にやってくる人たちにとっても、積極的に街に関わっていくきっかけになるのかもしれない。
「若い人たちが新しい世界や刺激を求めて街から出て行くのを止めるのは、難しいかもしれません。でも、鹿嶋も魅力ある街にしていかないと、彼らも帰りたいと思えないですからね。それに、クリエイティブなことが好きな人が鹿嶋に興味を持った時に、僕らのようなチームがあれば、地域に参加するきっかけにもなる。そのためにも、僕らがもっと頑張りたいですね」
出会った人の人生に、少しでも役に立ちたい
鹿嶋にUターンし、仕事に地域活動に取り組んできた須藤さん。「仕事、地域活動、家庭、といった垣根を越えて、自分の時間をしっかり使いたい」と精力的に動き続けてきた。
「活動を続けてきたことで、仲間も増え、周りの環境も変化してきたと思います。それは、自分が関わる地域も少しずつ変わっていっている、とも考えられるかもしれませんね」
共感しあえる仲間を増やし、周囲に変化を起こすほどの活動を続けてきた須藤さんの軸にあるのは、「人の役に立ちたい」という想い。
「自分の行動が人のために役立っていることが嬉しいですね。仕事でもBe One Designでも、出会った人や関わった人それぞれに、『自分はその人の人生に少しでも良い影響を与えられただろうか』といつも意識しています」
さらに須藤さんは、自分たちの一生懸命な姿を、子どもたちの世代に見せておきたいという。そこには、この先子どもたちが大きくなったとき、その世代も自分たちの地域をより良くしていく気持ちが芽生えていくのでは、という期待がある。
「いろいろ活動させてもらっていますが、僕自身もたくさんの方に助けてもらっています。家庭では、妻も温かく見守ってくれていますしね。僕はたまたま、積極的に動くキャラクターなんです。それに、自分の人生は自分のものだけではないと思っているんです。だからこそ、地域のために自分がお役に立てることなら協力しますので、どんどん声をかけていただきたいですね」