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取手アートプロジェクト

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取手アートプロジェクト

暮らしの近くにあるアートが、価値観を少し揺らしてくれる

オンライン活用が進み、部屋にいながら海外とミーティングをすることも珍しくない昨今。だからこそ、自分の暮らす場所で様々な価値や考えを見出す視点はより重要になってくるかもしれない。そして、その視点や価値観の変化を助けてくれるのが、アートの力。

取手市で20年以上活動を続ける「取手アートプロジェクト」は、街に寄り添いながら、取手に住む人、関わる人にとって身近な文化創造の場づくりに挑戦を続けてきた。活動の中で取手アートプロジェクトは、どんな変化を生み出してきたのだろうか。

アートを通じて人々が出会い、語り合える街

茨城県南部の利根川沿いに位置する取手市。県内でも東京都内へのアクセスが容易な街の一つで、JR取手駅から上野東京ラインを利用すると、JR品川駅まで最短49分で通勤可能。交通の利便性を活かし、取手市内を暮らしの拠点にしながら東京都心へ通勤・通学する人も多い。

そして、取手市は単なるベッドタウンであるだけではなく、市民・大学・行政が一体になり、アートを通じて人々が出会い語り合えるまちづくりを進める「アートの街」でもある。

そんな取手市で、市内で活動するアーティストの支援と、街の人たちがアートに出会うきっかけ作りをしているのが、今回紹介する「取手アートプロジェクト(以下、TAP)」。

TAPの活動が始まったのは、1999年。市内に開設された東京藝術大学先端芸術表現科に対して、取手市が市民に向けたパブリックアートの設置を持ちかけたことを契機にTAPの構想がつくられていった。そして、取手市・市民・東京藝術大学の三者共同の取り組みとしてスタート。作品を設置するのではなく、ものは残らないけれど活動を起こす。それがTAPのはじまりだ。

「アートプロジェクトのいいところは、『面白いな』と感じるものがあったら、気軽に同じ船に乗れることですね」

そう語るのは、TAP事務局長を務める羽原康恵(はばら・やすえ)さん。高知県出身の羽原さんは、筑波大学卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科芸術学専攻へ進学。学部時代に関わっていた守谷市でのアート・ボランティア活動がきっかけとなり、2005年大学院在学中にTAPにインターン生として参加。現在は事務局長として子育てをしながらアーティストと地域住民の橋渡しを行っている。

今回は、羽原さんから、TAPの活動とそこに参加する街の人との関わりについて話を伺った。

街と寄り添ってきたアートプロジェクト

TAPは1999年の発足以降、取手の将来像を描きながらプロジェクトの在り方を見つめつつ、取手市を舞台に数々のアートに出会う企画を実施してきた。

「TAPは今年で活動21年目。その中で、年齢や立場の異なるたくさんの人たちが関わってくださいました。長い活動の中で、TAPを自分のものとして大切にしてくださる方も少なくないですね」

発足から2009年までは、年度単位で開催する企画を中心に実施。市内在住アーティストの活動を紹介するオープンスタジオ、市外から作品を募集する公募展を2つの軸として開催。さらに、作品展示やワークショップ、レクチャーや情報発信など、地域の中に芸術との接点をつくる活動も行い、生活の傍らでのアート活動を数多く展開してきた。

取手市井野団地内ショッピングセンターを改修した「井野アーティストヴィレッジ」は、若い芸術家の為の共同アトリエ。市と東京芸大の連携事業として2007年12月にオープンし、市内で活動するアーティストの制作拠点として活用されている。県内のアート活動について、「茨城の良いところは、住む場所と表現する場所を一致させられるところ。その土地に根付き、表現活動を支える人たちが存在していることも強みになるのでは」と羽原さんは語る。

ただ、発足から12年経ったころ、プロジェクト運営体制の課題や、事業のマンネリ化、さらにはTAP発足を担った教授の急逝が重なり、関係者から「もう止め時なのでは」という声もあがっていたそうだ。

しかし、そこに待ったをかけたのが、TAPの活動で奔走してきた人々。

「活動の中心を担ってきた市民と専門家有志が集まり、続けるのか止めるのか、続けるならどういう形にするのか、様々な意見をぶつけ合い議論しました。結果、いままでの活動を土台として、より長期的な視座で活動を続けていくために、TAPはNPO法人を設立。これまでのような年度単位ではなく、中長期的なプロジェクトを進めながら地域社会に関与する活動として、再スタートすることができました」

この頃は、全国でアートプロジェクトが盛んに行われるようになった時期でもあるそう。TAPの事務局内では「他のアートプロジェクトと同じようなことをやるのではなく、今後も続けていくならば何をすべきか?」を議論しながらプログラムを見直していったそうだ。

TAPの拠点の一つ、「いこいーの+Tappino」。市内の井野団地の中にあり、プロジェクトの拠点としてだけでなく、コミュニティカフェとしても運営中。取手市高齢福祉課の施策である、健康なご年配の方を見守るお休み処としての機能も持ち、ボランティア、団地自治会、この地区の民生委員とともにTAPが運営している。

「新たに通年型のプロジェクトに着手するうえで最も大切にしたのは、不特定多数の誰かではなく、『顔の見える特定の個人』と一緒に取り組むということです。たとえば『3号棟に住んでいる誰々さん』のように、しっかりと顔が見えて、発する言葉や動きが見える方々と一緒にプロジェクトを作っていくことにしました」

そして生まれたのが、実際に住民のいる団地の中で様々な企画を行う「アートのある団地」と、自然の中で農業と創作活動を合わせた「半農半芸」。郊外の特色でもある多様なルーツの人々が暮らす「団地」と、自然が近いからこその「農」というテーマにアートを通じて対峙する。現在も、この二つのコアプロジェクトを中心に、TAPの取り組みが続いている。

「顔の見える関係」の中で生まれるもの

2枚のフェルトから切り抜いて交換した、ぴったり重ならない文字やかたちを、「糸」と「意図」で縫いあわせる「ちくちく地区」(アーティスト:宮田篤+笹萌恵)。アーティストとワークショップに参加した人たちとのやりとりによって、思いもよらない色合いや形状の文字が生み出されていく。

NPO法人化をきっかけに、「参加者の顔が見えること」を大切に活動を続けてきたTAP。事務局・参加者・アーティストが顔の見える関係の中で互いにコミュニケーションをとることで、「アート作品に関わった人たちの発想や行動で、作品が予期せぬ方向に展開していく」という化学反応が起こっていった。

「参加者がアーティストの作品に対して、何を感じ、何を面白いと思ったのか。そこからどんな言葉や表現が生まれたのか。そういったものをプロジェクトの中に取り込んでいくことで、企画を自分ごとのように捉えてくださる方も多いですね。だからこそ、TAPの中で生まれていく作品を、『アーティストが作った作品でもあるけど、自分たちのものでもある』と大事にしてくださってると思います」

小学校の図書室や団地で出会う人びとと、アーティストとの対話からストーリーが生まれる、連載マンガ『リカちゃんハウスちゃん』(アーティスト:宮田篤+笹萌恵)では、アーティストが地域の小学校に継続して通い、昼休みの図書室や、おたよりを通じた児童・先生・保護者との関係の中で生まれた物語が紡がれていく。「学校の先生など、普段頻繁に関わることが無い人もプロジェクトのことを覚えていてくれるのが嬉しいですね」

人とアートが出会う現場に立ち会い続けてきた羽原さんにとって印象的だったのが、かつてTAPが実施していた企画「SUN SELF HOTEL(サンセルフホテル)」でのエピソード。

SUN SELF HOTELとは、宿泊客とホテルマンが一緒に太陽光を集めて発電し、その電力を使って市内の団地の一室に宿泊してもらう企画。アーティスト北澤潤と、この活動を面白がる地域内外の住民がホテルマンとなり、各回の宿泊客だけのために向けたオリジナルのおもてなしを提供していく。

取手の団地内でSUN SELF HOTELの企画を進めていた当時、羽原さんらTAPのスタッフとアーティストが、団地の広場で一人で遊ぶ小学生の男の子と出会ったそう。

SUN SELF HOTELのホテルマンたちは、TAPに参加する地域内外の人々。ホテルに泊まるお客様のためにスタッフ総出で「おもてなし」の準備をする中、ホテルマンも「私たちも本気で遊んでいる遊ばせてもらえる場所なんですよね」と自分にとって大切な楽しみの一つとして参加していたという。

「一人で遊んでいる様子を見て、当時活動に参加していたメンバーがSUN SELF HOTELの準備に誘ったんですよね。最初は誰とも話さず、拠点のすみっこで一人で絵ばかり描いていたのですが、一緒に過ごすうちにだんだんと言葉をかわすようになりました。徐々に、子どもホテルマンチームの中でお兄さんとして頼れる存在になって、絵が得意な彼がお客さんの似顔絵を描いてくれることが恒例になり、ホテルにとってなくてはならない存在になったんです」

その後、小学校5年生になった男の子はしばらくホテルの活動に来なくなったが、SUN SELF HOTEL最終回のときには、久々に参加してくれたという。

「中学生になった彼は、友達を連れて参加してくれて、最後は『高校生になったらホテルやるから!』と宣言してくれました。ホテルが再開するかどうかはさておいて、そんな宣言をするほどホテルを大事に思ってくれる彼がいて、そして同様に思いを重ねてくれている人がいたからこそホテルは成り立っていたんだと思うんです。そして彼にとってもきっとホテルは大切な場所になれたんじゃないかな、と。とてもミクロな出来事ですが、プロジェクトでつながる人たちの具体的な変化やダイレクトな思いに立ち会えるのも、『顔の見える関係』の中でアートプロジェクトを行うときに感じる驚きであり、感動ですね」

日常の近くにあるアートの拠点

取手駅直結のアトレ取手内にある「たいけん美じゅつ場(VIVA)」。「東京藝大オープンアーカイブ」「とりでアートギャラリー」「プロジェクトルームWithTAP」など身近にアートに触れられるスペースがあるほか、気軽に利用できるスペース「VIVAパーク」が広がる。

2010年から、「顔の見える関係」を突き詰める活動を重ねてきたTAP。引き続き「アートのある団地」「半農半芸」といった地域密着のコアプロジェクトを活動の軸に据えつつ、2017年からは「地域でのアート活動の持続可能性を実践する」というテーマを掲げ、二つのアートの拠点を新たに開いた。

多様な感性に触れ、新たな価値観に出会い、関わる人々の視座を広げる体験の拠点は、東京藝術大学内の食堂を活用した「藝大食堂」と、取手駅から直結のスペース「たいけん美じゅつ場」。誰にでも開かれていること、そして誰でもアートを目的とせずに訪れることができるのが特徴の場所だ。

プロジェクトの新拠点「藝大食堂」は、東京藝術大学取手校構内にある地域に開かれた学食であり、ここにしかないアートセンターを目指している。「作れるものは極力手作り」をモットーに、地元直産や由来のわかる食材を使い、食材や調理にしっかりと手間をかけた料理を提供。大学内にあるが、大学関係者以外の方が、アートを目的としなくても、食事はもちろん、読書やノマドワーク、ミーティング(コロナ禍においては保留)等の目的で利用できる。

「NPO法人化してからの約10年間は、顔の見える濃い関わりの中でプロジェクトを作っていく期間。その中で、『敷居が高い』と思ってなかなか関われなかった人も多かったという側面もあります。なので、この新たな拠点を開きながら、持続的な取り組みの中でもっと柔らかく関わりあえるようなプロジェクトにしていきたいですね」

藝大食堂は、東京藝術大学取手校構内にある大学の食堂を、「耕すこと、つくること、食べること、生きること」を考える場として地域に開く。食事を楽しめるだけでなく、ギャラリーも併設し、展示やワークショップにも参加可能。また、施設周辺に広がる雑木林や草むらではアーティストと地域住民、学生が一緒に取り組む開墾活動が繰り広げられている。

一方のたいけん美じゅつ場は、取手駅直結のアトレ取手内にあり、買い物や通勤通学の間に訪れることができる場所。ゆったりくつろげるスペースのすぐそばに、公開型の収蔵庫があったり、アートと地域、そして、そこに暮らす人々を繋ぐ試みを担うアート・コミュニケータの活動がはじまっていたりと、様々な人々がアートに出会うきっかけが組み込まれている。

「どちらも、例えば0歳の赤ちゃんから100歳のご年配の方まで、誰でも気負わず来てもらえる、そしてそれぞれが居合わせられる場所を目指しています。お子さん連れのお父さんがワークショップをやっている間に、知らない人がさりげなく子どもを見守っていてくれる、みたいなことが自然になっていったらいいですよね」

アートの力を借りて新たな視点を見つける

コアプログラム「アートのある団地」の中で行われたプロジェクトの一つ、現代美術家・上原耕生(うえはら・こうお)さんによる『IN MY GARDEN』。取手市の西端にある戸頭団地、11棟15面の壁面に、そこに住む住人の思い出やエピソードを基にした壁画が描かれている。取手の生活空間のなかで、身近に出会えるアート。

アートをきっかけに人々が出会い視座を広めていく場所を作る中、2020年は新型コロナウイルス感染拡大という事態に直面。人と人が直に出会い交流する機会は、大きく制限されることとなった。しかし、そんな制限があるからこそ「新たな視点が生まれる可能性がある」と羽原さん話す。

「どこにいる人とも気軽にオンラインでミーティングができるようになった一方、自分の生活空間の中で何を見つけられるか、という視点が増えてきたように思えます。アートには、自分が持っている視点の転換を促す力があると思うんです。その力を借りて、今まで見えていなかったもの、想い、立場や構造が見えてくる。取手のように、自分の暮らしのすぐ近くに、価値観をちょっと揺るがしてくれるものが常にあることは、これから人が生きる上で大切な支えになりうるのではないでしょうか」

さらに、今日では、生きづらさを抱えた人が加速度的に増え、身近な家族や友人以外の他者と、新たに関係性を結びづらくなっているのではないか、と羽原さんは考えている。

2011年3月から始まった「とくいの銀行」(アーティスト:深澤孝史)。お金の代わりに、人の「得意」を運用。自分の「とくい」を預けると、他のだれかの「とくい」を引き出すことができる仕組みで、一人ひとりの様々な「ちがい」を受け止め、ゆるやかな繋がりを生み出す。現在、取手市の井野団地内「いこいーの+Tappino」で営業中。

「TAPの活動を通じて、もう一度、新しく人と出会うことのハードルを下げ、改めて人と人とのつながりや、そこから生まれてくるものが自分にとって豊かであることを確かめられる取り組みを、コロナ禍が落ち着くまで続けてみたいなと思っているところです」

そんな想いの元、企画を温めているのが「はらっぱ」のアウトリーチだ。近年のTAPは拠点を構え来訪者や参加者を待つかたちだったが、特定の場所を「はらっぱ」と決めて、TAPが自ら会いに出かけていく。その場に偶然居合わせた人たちと一緒に、語ったり、遊んだりして、時間を過ごす。「はらっぱ」は誰がどのように関わってもいい場だ。これまでのTAPの活動に関わってきたアーティストや参加者も巻き込みながら、人やアート、新たな視点に出会うプラットフォームの実験を行う。

「今まで『TAPの企画にふらっと参加してください』と言いながらも、様々な人に偶然出会えない難しさはありました。なので、自分たちが『はらっぱ』という場所を持っていき、一緒に実験に参加してもらいながら、TAPがやろうとしている場づくりについて知ってもらえたらなと思います」

「提供する側」になることで、より深い体験を

「とくいの銀行」に自分の得意なことや特異なことを貯金ならぬ「ちょとく」すると、通帳を発行してもらえる。ここで「ちょとく」されたとくいは、別の誰かに引き出され、その人のために自分のとくいを披露できる。とくいを接点に気軽に「提供する側」「提供される側」になる仕組みによりつながる方法のひとつ。

アートと人、人と人が出会い、そこから新たな発想や視点が生まれるきっかけを作ってきたTAP。これから活動の現場を覗いてみたいという人たちにも「来るもの拒まず、ですね」と参加の扉を開いている。

さらに、TAPに参加するなら、「つくる側になってみる」ことで、TAPを介して起こる出来事や変化を、より深い実感をもって感じられるのではと羽原さんは話す。

「小さな活動やプログラムを『つくって届ける』立場を一緒に担ってくれる方にも出会いたいですね。参加する側から、生み出して提案する側になると、社会の見え方が変わっていく。自分が知らなかった世界は、意外と自分が暮らしている街の中にもどんとあるんですよね。それに気づく視力を、アートプロジェクトは鍛えてくれる気がしています」

取手の街を舞台にしたこれまでの活動を振り返り、「取手の方々は、TAPがやろうとしていることにも寛容でいてくださる気がします。これはTAPの活動の影響だけではなく、地域に定着した藝大出身のアーティストもいて、地域の人たちとの関係を結んでいるから。少しずつアートへの抵抗は低くなってきたのかもしれませんね」と語る。

提供する側となることは一見ハードルが高い事と思えるが、羽原さんをはじめTAPの事務局は、人それぞれが持つ声の大きさや、気持ちが言葉として発せられるまでにかかる時間を見守りながらも、「やってみたい」と思う気持ちを面白がりながら活動をともにしてきた。

アートと街に関わりながら、新たな視点に出会い、そして「価値観をちょっと揺らしてみたい」方は、TAPの活動を覗いてみるのはいかがだろうか。

「アイディアは発信する人が誰かを問わず、等しく大事なもの。誰か生み出したアイディアを面白いと思ったら、しっかりと『おもしろい』と口に出して言える、みんなが『つくること』に関わりやすい環境を作っていきたいです。アーティストの活動と、この街に暮らす人が考える『おもしろさ』が混在していくことが、芸術表現の幅も、地域の文化そのものをも更新していくように思います」

PROFILE

THINGS

取手アートプロジェクト https://toride-ap.gr.jp/

アートプロジェクトがより生活に近く、「常にそこにある」ことを目指す文化創造の場づくりを挑戦し続けている、取手アートプロジェクト。

1999年から茨城県取手市を中心に展開。市民・行政・大学の三者共同で行い、日本で市民が参加する地域型アートプロジェクトの草分け的存在といわれる。若いアーティストの創作発表活動を支援し、市民が広く芸術に触れ、創作に関わる機会を提供することで、取手市が文化都市として発展していくことを目指している。記事内の地域の特徴に焦点を当てた取り組みのほか、中間支援プログラム、国際交流プログラム、小学校等の教育現場へのアーティスト派遣、アートマネージャー育成塾なども行っている。

現在、「アートのある団地」「半農半芸」をコアプログラムとしながら、2017年に始動した「藝大食堂」を中核として、拠点をベースとした持続可能な活動体への移行中。2019年末からは取手駅直結の拠点「たいけん美じゅつ場」の運営も担う。

INTERVIEWER

川原涼太郎

1997年茨城県常総市生まれ。茨城大学工学部へ入学後、筑波大学情報学群へ編入し現在4年次在学中。大学生活の他、コワーキングプレイス:Tsukuba Place Lab/宇宙ベンチャー:WARPSPACE/コミュニティFM:ラヂオつくば/インキュベーション支援:Venture Café Tokyoなどにスタッフおよびインターンとしてイベント企画・コミュニティ運営・企業広報・ライブ配信などに携わりながら、目下フォトグラファー・ライターの修行中。

Photo:平塚みり(守谷市在住)(一部提供写真を除く)