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茨城のヒト・コト・バ PEOPLE, THINGS, SPOTS OF IBARAKI
鹿嶋パラダイス
唐澤秀さん
地方だからこそこだわり抜ける、ビール造りと生で伝えるブランディング
静岡県出身の唐澤秀さんは農業法人に勤務した後、11年前から茨城県鹿嶋市で自然栽培で麦を育てる農場を始めました。現在は、その麦を使ったクラフトビール作りとレストランも経営されています。初めての農業からビール作りまで、一体どんな出会いや苦労があったのでしょうか? 鹿嶋市だからこそ実現できたパラダイスとは? 鹿嶋市へ移住して、クラフトビール作りに情熱を注ぐ、「鹿嶋パラダイス」代表の唐澤秀さんにお話を伺いました。
茨城県鹿嶋市は東京から高速道路で約2時間の太平洋と北浦に挟まれた自然豊かな場所です。東京駅から10分に1本高速バスも出ていてアクセス抜群。創建から2600年以上の鹿島神宮を中心に門前町として栄えてきました。近年では鹿島アントラーズのホーム地としても知られています。
――なぜ鹿嶋市で自然栽培の農業をしようと思ったのですか?
「鹿嶋市には全く行ったことがなかったのですが、たまたま知り合いになった人が鹿嶋市の土建会社の社長で一度現地を見においでよと言われて…。行ってみたら、すでに広い畑と住む家を用意してくれたんです。外堀を埋められて、逃げられない状況だったんですが、よくよく土地を見てみると、自然農法する上で好条件が揃っていたんです」
好条件とは-
1つは畑が台地の上にあり、周囲は水田で水はけの良い地形だった。
2つ目は畑歴が2000年以上ある、地力がある土地だった。
3つ目は東京へのアクセスが良かった。
――3つの条件が揃っていれば、他の地方でも起業できたと思いますか?
「はい、思います。ただ、この3つが揃う場所はそうそうないと思います。地理条件は変えようがないし、高速道路や電車などインフラも自分の力ではどうしようもない。3つの条件が揃っていた茨城県鹿嶋市にご縁があって巡り会えたのは本当にラッキーだったと思います」
――前職では農業法人にお勤めだった唐澤さん。その経験が今の仕事に活かされている点はありますか?
「どんな職業でも同じですが、その業界特有のしがらみや慣習は見えてきますよね。例えば、いくら美味しい品種の人参があっても、収穫量が少ないと使われない。きれいな色や形の品種の方が優先され、味そのものは価格に全く勘案されない現状がありました。元来おいしいもの好きの僕としてはそれがもったいなくて…。それなら、自分で作って自分で売るしかないと思い、農業とパラダイスビアファクトリーの設立にチャレンジしました」
移住してみて初めてわかった農業人口の少なさ
――移住したあと、周りの農家さんたちからの協力は得られやすかったですか?
「住んでみてわかったんですが、工業地帯が近いので、鹿嶋市在住の人は専業農家が少ないんです。実は隣の鉾田市や行方市の農家がわざわざ鹿嶋の畑を借りて作っている例が多いんです。そういう意味では私と同じ外様(とざま)農家が多い。だから意外とやりやすかったです」
――では、現在は地元の人とどう関わっているのですか?
「市民参加型の地ビールを作りたいと思い、地元の方々にホップの苗を配り、夏の間グリーンカーテンとして栽培してもらっています。ホップは緑色の丸い花をつけるのですが、夏は一気に6mほど伸びます。収穫量はわずかですが、やはり自分の家で育てたホップがこのビールに入っていると思うと、地元の人も愛着を持って応援くれる。これをきっかけに鹿嶋市がホップでエコな町として注目されたらいいなーと思っています」
地名が入ったクラフトビールは全国にたくさんありますが、本当に地元で愛されているか?という視点で見たとき、材料作りに参加してもらう鹿嶋パラダイスビールの取り組みは地方の魅力作りに一役買っているとも言えます。
輸入した材料で作っているのに「地ビール」と呼んでいいのか
ビールは大きく分けて上面発酵か下面発酵かの2種類に分けられます。現在、日本で流通しているほとんどのビールが下面発酵のラガーやピルスナータイプ。喉越し優先で軟水が向いています。一方、鹿嶋パラダイスのビールは味わいやアロマなどを重視した上面発酵のエールタイプです。「エールビールには硬水が合う」という理由で、鹿嶋パラダイスのビールでは硬度が高い鹿島神宮の御神水が使用されています。麦やホップの材料を輸入しているのに、地ビールと呼ぶことに以前から違和感を感じていたという唐澤さん。
――他のクラフトビールとの一番の違いはなんですか?
「原材料まですべて自分たちで、しかも自然栽培で作っている点です。いま日本にあるほとんどのクラフトビールは麦やホップを海外から輸入しています。その方が断然安いですから」
ビールは約98%が麦芽で、実はホップは2%しか含まれていません。量は微々たるものですが、ビールに苦みや香り付けをする重要な働きをします。
――パラダイスビアファクトリーでは、ホップをどうやって調達していますか?
「鹿嶋市の地元住民の方々にもホップ作りに協力していただいていますが、実はホップの収穫時期は日本では台風の時期です。そこで今、リスクを避けるためにも、カナダのバンクーバーの知り合いの農家さんにオーガニックでホップ作りをしてもらっています。そのうちの畑1枚は完全に自然栽培でホップを作っています」
――なぜそこまで自然栽培のビールにこだわるのか? パラダイスビールというネーミングに込めた思いとは何でしょうか?
「ビールを飲むことって、なんとなく後ろめたさが付きものじゃないですか? ストレス発散したり、愚痴言いながらヘロヘロになるまで飲んだり。僕はそれを変えたかった。ビールを飲むこと自体を罪悪感がなく、淀みのない、スカッとした気分になれるものに転換したかった。パラダイスって人それぞれイメージするものがあると思います。僕にとっては美味しいものを食べ、美味しいものを飲むこと、それを選択できることがパラダイスです」
――自然栽培で作るビールのポテンシャルとは?
「ビールは中国 漢の時代から「百薬の長」として飲まれてきたもの。漢の時代、つまり2000年も前に化学肥料や農薬は存在しません。それこそ自然ありのままの状態で麦を作っていたことでしょう。ビールは発酵食品で、酵母の抗酸化作用もあり、実は体にとっていいものが詰まっている。 『ビールは飲めば飲むほど体にいい』と世の中の人が言うようになるかもしれない。そんなパラダイスに向かって自然農法でチャレンジしている真っ最中です」
茨城まで会いに来てくれる人の98%は首都圏にいる
――そこまで自然栽培でこだわり抜いたクラフトビール。市場からの反応はどうですか?
「おかげさまで最近では年間30~40社から引き合いがきます。お取引を始めるに当たって、ぜひ一度、鹿嶋市の農場を見に来て下さいとお誘いするのですが、実際に来たのは2社だけ」
――えっ、そんなに少ないんですか?
「お酒の販売店にとってみれば、ちょっと話題のクラフトビールを入れてみて、売れなかったら他の商品と入れ替えれば済む話。ですが、手間暇かけて作っている生産者としては安定的に長くお付き合いをしていきたい。だからこそ、生産現場をみて欲しいと願っているのですが、なかなか現実はそうはいきません」
――一般消費者はどんな層が多いんですか?
「オーガニック、エコ、サスティナブルというキーワードに敏感な首都圏の層が多です。 毎年、僕たちの畑で農業イベントを開催して1000人ほど集まりますが、98%が首都圏からの参加者です。既に食材に対してのオーガニックブームは世界的に広がっていますが、ビールにそれを求めるのはまだまだこれからマーケットの拡大が見込めると期待しています」
――アンテナが高い首都圏の消費者をどう捕まえますか?
「近い将来、東京にも店を出す予定です。実際にお店で僕たちが作った自然栽培の野菜やクラフトビールを味わってもらうのが一番。それで興味を持ってもらえたら、次は鹿嶋市の農園にも来てもらう。そんな東京と茨城の流れを作れたらいいですね」
小さくても濃密なつながりを作るために、想いを直接伝えたい
2/40社という結果からも、パラダイスビアファクトリーのこだわりに理解を示してくれる人の母数は少ないのが現状です。そんな中で、自然農法によるビール造りが安定化してきたパラダイスビアファクトリーの次なる課題は「パラダイスビアファクトリーの魅力をどう広めていくか」に移ってきました。
――今後どうやって広めていきたいですか?
「僕がやっていることは異端。そう簡単には広まらないと覚悟しています。たくさんビールの本数を売ることよりも、お客様に直接こだわりを伝えることを大切にしています。小さくても濃密なつながりを作ることが結局は近道なのかもしれません。ビールだけに「生」にこだわって伝えていきたいと思います!」
その言葉通り、この日の夜は集まった参加者に直接、樽生のパラダイスビールを振る舞った唐澤さん。会場にはビール好き、地方移住に興味がある人、茨城に縁のある人などが約30人が集まりました。唐澤さんのクラフトビール造りにかける熱い想いを聞いて、また確実にファンが増えたことでしょう。食を通じて笑顔をあふれる場を創り出す。これからもパラダイスビアファクトリーの活躍は続きます。
本記事は、メディア「Work Switch」に2018年10月に掲載された記事「【Why? IBARAKI】 地方だからこそこだわり抜ける、ビール造りと生で伝えるブランディング―鹿嶋市 唐澤秀さん」(http://work-switch.persol-pt.co.jp/paradisebeer/) を転載しました。