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茨城のヒト・コト・バ PEOPLE, THINGS, SPOTS OF IBARAKI
結城市
結い市
「結い」を合言葉に、人と街との関係性を結んでいく
栃木県との県境に位置する茨城県西部のまち、結城市。鎌倉時代より城下町として発展し、絹織物「結城紬」の産地として栄えてきた。都心から電車で1時間半ほどの距離にありながら、駅から続く通り沿いには昔ながらの商店が並び、その間に明治・大正時代に建てられた町家や蔵造りの建物が点在。街の中を歩けば、神社仏閣をはじめ、明治時代から続く結城紬の問屋、江戸時代から続く酒蔵といった、落ち着いた町並みに出会える。ここでは、県内外から訪れるおよそ2万人の来場者でにぎわうイベント「結い市」が行われている。
結い市の大きな特徴は、伝統的な建築物をはじめとした街に点在する様々な空間を会場として、クラフト作家や人気の飲食店・クリエイターが様々に趣向を凝らした店舗やギャラリーが街の至る場所に生まれること。店先を覗くたくさんの来場客が訪れることで、活気ある風景が姿を現す。
150年以上の歴史を持つ蔵元、結城酒造の酒蔵では、茨城移住計画主催によるトークイベント「地域の価値の磨き方作戦会議」を開催。日本酒を交えつつ、和やかながらも時に真剣な話題となった
結い市を企画運営しているのは「結いプロジェクト」。地元出身の建築家、飯野勝智(いいの・かつとし)さん、結城商工会議所でまちづくりを担当する野口純一(のぐち・じゅんいち)さんの二人が中心となり立ち上げたグループだ。学生・公務員・建築士・デザイナー・フォトグラファー・ライター・結城紬の織子など職業も年代も様々なメンバーが結城市内外から参加し、多彩なスキルや価値観を活かして結い市の企画運営を行っている。
市内だけでなく市外や県外から集まったメンバーが「結」の文字を象った前掛け姿で来場者を出迎える
ふと気がつくと、思い入れのある場所がなくなっていた
結い市開催中は多くの人で賑わうエリア一帯であるが、日常に視点を戻してみると一変する。近年は家主の高齢化や後継者不足で空き家や空き店舗が増え、シャッターや扉が閉まったままの風景が目立つようになった。結城で生まれ育った飯野さんも、「ふと結城の街に目を向けたとき、昔良く行ったお店やみんなで集まった場所が無くなっているのに気付いたんだよね」と、結い市を始める前の街の様子を語る。
「先代から受け継いだ結城の価値を次の世代にまで繋げていきたい」と考えていた飯野さん。一方で「結城で尖ったことをしたいと思っていたし、アイディアは話だけで終わらせず実行させるのが性に合っている」という、アパレル業界から商工会議所に転身した経歴を持つ野口さん。二人の出会いが結い市に繋がっていく。
結い市の最後には、健田須賀神社の秋の神事である夜神楽祭が開催される。収穫に感謝の思いを込めた雅楽の演奏が奉納され、しめやかな空気で幕を閉じる
2010年秋、市街地の中心に位置する神社を会場とした始まった結い市。神社の周囲には酒や味噌蔵・紬問屋などの魅力のある場所が徒歩で回れる範囲にコンパクトに収まっている。中でも特徴的なものが、蔵と店舗が一体となった構造の「見世蔵」と呼ばれる建物が数多く見られることだ。このような、普段は使われていなかったり敷居が高いなどの理由で普段はなかなか覗くことができないような場所を、城下町ならではの入り組んだ路地を歩きながら巡ることができたら面白いだろうと考えたことから、会場は街の中へと広がっていく。
見世蔵建築の一つ、キヌヤ薬局。今年は照明作家の出店会場となり、しっとりと暗い屋内を優しく照らす
内側と外側へ向けて、人々の関係を丁寧に紡いでいく
店舗を借りようと動き始めた当初は、持ち主に趣旨を説明するのに苦労したそうだ。初回に借りることのできた建物は数件ではあったが、出店作家や訪れた来場者が発する建物や町並みに対する喜びの声が広まるにつれ、年々協力してくれる店舗が増えていった。今では、開催前のあいさつ回りで家を訪ねていくと、「もうこの季節だね!」「次はいつやるの?」と声をかけられるまでに。結い市に合わせて周囲の商店の軒先に商品が並ぶようになり、出店者が不在の間に家主さんが代わりに店番をする姿も見られるようになった。街の人たちも積極的に結い市に関わってくれるようになった。
出展者と地域住民との関係づくりも丁寧に行ってきた。出店者向けに行う会場見学ツアーでは家主との顔合わせを行い、建物の掃除には出店者も参加する。当日までに出店者と家主の仲や相互理解が深まることで、空間の持ち味を活かした展示や店舗となり、新鮮な驚きを生んでいる。結い市を通した空間活用の取り組みは、地域住民と出店者双方にとって、結城が持つポテンシャルに気づくきっかけにつながっている。野口さんも「街の外の人が持つ結城への印象と街の中の人たちが持っている意識、両方が徐々に変わってきた」という実感を持っているという。
その甲斐もあって、かつては空き家だった物件が新たな場所として活用されはじめている。昭和初期の古民家が日本料理店に、米問屋がパン屋に、呉服店が営まれていた見世蔵はコワーキングスペースになった。結城駅前の自転車預り所だった場所には、焼き菓子のお店「flour base 105」がオープン。現在も結城への出店の相談が続いているという。
オープンしたばかりのflour base 105。10月にしては暖かな一日となり、個性的なかき氷で涼をとる人で賑わった。一歩入ると、この建物が辿ってきた歴史を感じられる
ここでしか体験できないコンテンツを育てていくために
結い市が地域の祭りとして根付いていく中で、結城の地域資源を活かした音楽フェス「結いのおと」が2014年からスタートした。結城紬問屋のお座敷や寺院の境内、酒蔵などの特徴的な空間をステージとして、時には結城紬を纏ったアーティストのここでしか見られないライブアクトを目的に、全国から来場客が訪れる。紬問屋での結いのおとでのライブは評判を呼び、夏の夕涼みを楽しむ音楽イベントの開催や、人気スタイリストを招いて結城紬の可能性を考えるトークイベントの開催などへも繋がっていく。二人は「結い市を始めたばっかりのころじゃ出来なかったことだよね」と口をそろえて語る。
結城紬問屋「奥順」の奥座敷。明治19年建造、国の登録有形文化財の建物が、「結いのおと」や「縁市」ではステージとなる(写真提供|結いプロジェクト)
「結い市を続けてきたことで、色々な人が結城に出入りするようになりました。結城の街への出店相談も増えてきたし、出店を受け入れられるような地元側の環境も整ってきています。街に動きが生まれてきたことを実感しています」と飯野さん。街が大切にしてきた文化や歴史を受け継ぎながら、新たな風景が生まれていきそうだ。
野口純一さん(左)と飯野勝利さん(右)。空き店舗となっていた呉服問屋が、結い市での活用を重ねた後にコワーキングオフィスとカフェを兼ね備えた施設Coworking & Café yuinowaに生まれ変わった