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茨城のヒト・コト・バ PEOPLE, THINGS, SPOTS OF IBARAKI
トライポッド・デザイン株式会社 CEO、プロダクトデザイナー/デザイン・エンジニア/デザインコンサルタント
中川聰さん
茨城の山間部で電気を集める「超小集電」
既存の電力網に依存せず、自然から取り出した電力を使う技術の実験が、常陸太田市の山間部で続けられている。技術の名は、「超小集電」。この技術を使えば、土壌を利用して電気を集め、生活に必要な電力を賄うことも可能だという。
今回は、この実験チームを率いる中川聰(なかがわ・さとし)さんにお話を伺った。地域住民を対象とした実験フィールド見学会のなかで伺った技術は、私たちと電力との関係性を改めて見つめ直すきっかけのように思えた。
山間部で実験が進む、新しいエナジーハーベスティング技術
超小集電は、トライポッド・デザイン株式会社(以下、トライポッド・デザイン)CEO、プロダクトデザイナー/デザイン・エンジニア/デザインコンサルタントの中川聰さん率いる研究開発チームにより確立された、世界初の技術。
トライポッド・デザインでは1987年の創設以来、いち早くサステナブルデザインやユニバーサルデザインの考え方に着目し、人の心理や行動を科学的に洞察する独自のデザインエンジニアリング技術を探求してきた。
そして2016年からは、商用電源の無い環境下で活用できる、独自の「超小集電」の開発に着手。現在でもその研究開発を進め、国内外の有名企業や大学、研究機関から多くの注目を集めている。
2021年には、茨城県常陸太田市の山間部で、超小集電の社会実装を目指した、オフグリッドとテクノロジーの実験棟「空庵 KU-AN(以下、空庵)」を建造。今まさに、超小集電による新たな環境エネルギー領域の可能性を開拓している。
トライポッド・デザインでは、既存の電力網の届かない離れた場所で、独自の技術で電気を集め、その電力を使った暮らしを実現する実験を行っているのだ。
※エナジーハーベスティング技術:身の回りの使われずに捨てられている、光、振動、熱などのわずかな環境エネルギーを拾い集めて活用する技術

空庵近隣に住む地域住民に向けた説明会に参加させていただきながら、中川さん(写真右から二番目)の話を伺った。超小集電技術だけでなく、和やかに会話を交わす中川さんと地域の皆様の様子も印象深い。
あらゆる物から電気を集める「超小集電」

超小集電では、屋外の土や水だけでなく、日常にあるものからも集電し使用可能。例えば、フランスパンから電気を集め、LEDライトを点灯させられる。
超小集電とは、土壌や水中、植物、生体内、コンポスト(堆肥)、産業廃棄物などあらゆるものを媒体として、コンダクターと呼ばれる集電材を介し、微小な電気を収集する技術を指す。
マイナス極用とプラス極用の電極「コンダクター」を地面に突き刺すと、この二極の間に電圧が発生し、使用可能となる。
従来のエナジーハーベスト(エネルギーを収穫する)技術では、天候や時間帯に影響されることが多いが、超小集電は継続的に電力を得られる特徴を持つ。災害時や、送電網から切り離された無電環境における生活照明や情報通信など、社会や暮らしを支えることも可能だ。
さらに、超小集電は二酸化炭素を発生しないので、環境負荷軽減やカーボンニュートラルの実現にも繋がっていく。
今まさに、エナジーハーベストの新技術として、様々な分野での社会実装が期待されているのだ。
実験を進める背景には、中川さんの「人間と暮らしを取り巻く電気エネルギーとの新しい関係を創出したい」という想いがある。
電気の発展は、私たちの生活を便利で豊かにした一方、環境問題をはじめ様々な社会問題を産み出しつつある。そんな中、超小集電技術で自然から得た電力を上手く利用することは、「私たちにとって本来の自然で豊かな暮らしとは何か」を問い直すきっかけにもつながるはずだ。
実験フィールドは、県北の山間部
トライポッド・デザインの実験チームは、中川さんの生まれ故郷でもある茨城県常陸太田市の自然の中をフィールドとして、実験を続けてきた。
たとえば河川や畑では、コンダクターを地面に差し込み、土の中から集めた微小な電気でLEDライトを光らせる実験を行ったほか、マイクロコンピュータを起動させ、センサーから取得したデータを離れた場所に送信する実験も実施。

超小集電で起動させたマイクロコンピュータを使った、データの送受信実験の様子。人の動きがセンサーに感知され、その情報がタブレットに送信されている。
地域の山林に佇む神社では、データ送信を応用して、人感センサーの試験を行った。超小集電技術は地中から小さな電力を取得して様々なセンサーの運用が可能なため、文化財の火災や盗難、水害検知などへの利用が期待される。

イノシシの檻を使った、獣害被害対策のセンシング技術。地域に向けた技術説明も行われた。
ほかにも、地域の猟師の方々と協力を図り、農作物の獣害被害対策につながる罠のセンシング技術も開発。動物が罠に掛かると携帯端末に通知が届く仕組みだ。この技術を使えば、猟師の方々が、罠の状態を確認しながら山林を歩き回る労力を、大幅に減らせる。
最先端技術の開発とはいえ、地道な実験の積み重ねがその背景にある。超小集電によるセンシングでは、自然環境の中から取得する限られた電力を使い、いかに安定的に動作をさせるかが肝になる。日々実験を積み重ねる中川さんは、「世の中の様々なニーズに活かしていきたい」と意気込みを語る。

道路から離れると、街灯もなく夜は一気に闇が深くなる常陸太田市金砂地区。公開実験「STARRY NIGHT」で灯された光は、明るさだけでなく、安心感をももたらした。
公開実験「STARRY NIGHT」では、超小集電を使って、土手に並べられた100本ものLEDライトを一斉に点灯させ、技術の可能性を人々に示した。常陸太田市の山間部の地域は、日没になると数メートル先も見えない闇に包まれる。しかし、地面から生まれた電力で光る青白い灯りで辺りが彩られると、歓声が上がり、訪れた人々は「土から電気が得られるなんて夢のよう」「地震で停電して電気が来なくなっても安心できる」と驚きと期待を口にしていたそうだ。
美しさと未来への可能性に、見学に来た人たちは大きなインパクトを受けていたに違いない。
設置場所は自然の中。オフグリッド環境の実験施設。

日中の空庵。格子状に組まれた木材は香りの快いヒノキを採用。
常陸太田市金砂地区に開設された、超小集電の研究開発区域「OFF-GRID TEST SITE」。その中に設置されている実験施設が、空庵。
空庵の外観は、ヒノキで造られた骨格にガラスが貼られた構造で、屋根に傾斜のある直方体の建物。建物の接地部分は、鏡張りの外壁に覆われている。
格子の内側には、800個にものぼるLEDライトが取り付けられており、4個一組で発光する光は、直視できないほど眩しい。闇夜の室内でこのライトを灯すと、無数の光がガラス窓に幾重にも反射され、宇宙空間の星々の広がりのように見えるのが印象的だ。
日没後、ライトが灯された空庵を外側から見ると、光を放つ空間が宙に浮いたように見える。「空庵」という名前も、その雰囲気から名付けられた。
空庵のLEDライトを灯しているのが、木製の箱の中に土が詰められた超小集電セル。セル1つあたり、約1.5Vほどの電圧を生み出す。空庵の中にはそのセルが1500個接続されており、仮に全てを直列に接続すると約2250Vもの電圧となる計算だ。
ここで行われているのは、超小集電の実践的な研究。1500個の集電セルを4グループに分け、日ごとに発電をローテーションさせながら、夜6時から9時までの間の点灯を半年間続けてきた。

辺りには既存の電力網の力で光る街灯は無い。日が落ちると闇の中に空庵が浮かび上がる。施設の周りに見える小さな光も、超小集電によって発光するライト。
つまり、「一般家庭への電力供給に近い状態で継続した発電が可能かどうか」の実験を繰り返しているのだ。
また、空庵で得られた電力は、独自に開発した技術を使い蓄電可能。その電力をオフグリッド環境下の非常用電源や家電製品の電力として活用することも期待されている。
先にも述べたとおり、集電に際して二酸化炭素は一切発生していない。さらに、コンテナの中に詰められた土は、この地域で研究して造られた土やコンポストが用いられ、カーボンニュートラルを意識した環境配慮が伺える。
中川さんは、この実験について次のように語る。
「小さい範囲でもいいから、地産地消で発電し、電力自立をする。たくさん集電し、たくさん蓄電する、という従来とは違う電気との付き合い方ができると面白いと思います。『使える電気』だけでなく、実際に生活ができる『暮らせる電気』の領域も伸ばしていきたいですね」
地域と連携した世界的実験

空庵の中で発電を行う「セル」の中に、土を詰めていく常陸太田市の地域住民たち。ここに参加した方は「どんな実験をするか、中川先生が色々なことを説明してくれた」と作業当時を振り返る。
超小集電の実験を「何気ないけど世界的実験」と語る中川さん。確かに、「土」という身近なものを利用して電気を集め、その電気を使った暮らしを実現する試みは、世界に類を見ない。
そんな世界的実験が、都市部から遠く離れた常陸太田市の山間部で行われている背景には、超小集電を用いた、既存の電力網に頼らず電力を賄うオフグリッド環境構築の構想がある。その構想について、中川さんは次のように話す。
「ここ数年、自然災害が増えていると思います。災害が発生すると、被災地域は既存の電力網から切断され、オフグリッド状態になります。そんなときに最低限の安心安全を保証する仕組みを作れないかと考えたことが、超小集電の背景にあります。だからこそ、既存の電力網から離れたこの地を舞台に、実験を繰り返しています」

地域の協力で完成した1500個のセルは、空庵内部に隙間なく設置されている。
オフグリッド環境は、被災地以外にもいたるところに存在するという。海洋上や辺境地域もそうだ。中川さんたちは、あえてオフグリッドに近い環境を選び、実験フィールドとして使っている。
続けて、中川さんはにこやかに語る。
「それに、地域のお父さんお母さんたちと一緒に仕事をするのは楽しいですね」
空庵やその周辺の実験施設の運営には、地域に住む人々も携わっている。たとえば、空庵のセルの中にある土は、地元住民の皆様の手によって詰められたもの。約20人が協力して、一つ一つ詰め込んでいったそう。
国内外の一流企業が注目するほどの世界的な実験であり、一般の方にはとっつきにくそうだが、地域の人々は、進んで協力してくれたそうだ。
「地域の皆様への説明の苦労はありませんでした。地域柄なのか、みんな心が豊かでクリエイティブ。そして、地元に最先端の実験施設ができることで、街に誇りを持っていただけたのではないかと思います」
取材時も、地域の方々に「暗くなってきたから足元に気を付けてね」「夜間照明を使った作物育成の実験をするから、お母さんたちと一緒に何を育てるか考えたいんですよ」と楽しそうに語らう中川さんの姿が印象的だった。
中川さんたちと地域との間に、信頼関係が育まれているに違いない。
様々な企業が超小集電に注目、OFF-GRID TEST SITEに足を運ぶ

トライポッド・デザインでは、超小集電のほか、水質環境の研究に基づく環境回復デザインも実験を進めている。
地域だけでなく、企業関係者を招いた公開実験も実施された。
OFF-GRID TEST SITEで行われたミライノデンキ公開実験「SPECTRUM」には、超小集電に興味を抱く企業関係者が多数参加。
SPECTRUMの参加者たちに対し、中川さん自らレクチャーを行った。超小集電の基礎知識を説明したほか、現在研究開発を進めている、自然の生態系メカニズムを活用した水質改善システム「AQUAPONICS」も解説。AQUAPONICSは、超小集電を併用した技術開発を予定しているそうだ。

超小集電技術で集電された電気を使いLEDライトを点灯。夜間でも光を照らし、作物の成長を促進させている。植物の光合成に有効な波長である赤色と青色が混ざり合い、このように発光している。
地域のお母さんたちと「夜間照明を使って何を栽培するか考えたい」と盛り上がっていた実験「光る畑」も、参加者たちに公開された。夜間の植物の光合成を目的とし、成長を促す光を超小集電技術で点灯させる実験だ。
さらに、超小集電技術の利用法を考えるアイデアソンも実施。世代や職業の異なる参加者が意見を出し合うことで、思いがけないアイデアの発想が生まれたそうだ。

ミライノデンキ公開実験「SPECTRUM」のしめくくりに、空庵の中で演奏会も開催。後半は演奏場所を「光る畑」の設置場所に移し、『What A Wonderful World / この素晴らしき世界』が演奏された。
さらなる実験が、新たな電気と人との向き合い方を導き出す

中川さんが進めている実験は、空庵以外にも数多くある。生体内で集電して機能する医療装置、超小集電で集めた電力をドローンで輸送し被災地支援をする仕組みなど、技術の可能性はまだまだ広がりを見せている。
実験を続け、小さな「使える電力」から大きな「暮らせる電力」を実現してきた、中川さん率いるチームの超小集電。
中川さんは、空庵をさらに発展させたプロジェクト「オフグリッド・デザインラボ SHí-ZEN(シゼン)」の建設を進めている。これは、超小集電から生み出した電力で生活ができる実験型住宅。地下に超小集電技術のセルが設置され、そこから生まれた電力は、アプリケーション制御されたうえで生活に必要な分だけ効率よく供給されるようになるそうだ。企業とのコラボレーション研究も、この施設で進められる予定だ。
常陸太田市の山間部で行われている、世界に類を見ない技術の実験。今後さらに試行錯誤を繰り返し、オフグリッド環境での電力供給を突き詰める。
取材の中で、中川さんは
「年内には、暮らしを賄えるような大きな電力の発電を実現するつもりです」
と力強く語っていた。
夢のような技術から、人間と暮らしを取り巻く電気エネルギーとの新しい関係が、今まさに創出されている。超小集電技術の暮らしへの活用が当たり前になる日は、そう遠くないのかもしれない。