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イバフォルニア・プロジェクト

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茨城の海岸を、カリフォルニアのような自由で幸せ溢れる海岸へ

イバフォルニア・プロジェクト

ビーチカルチャーを通じて、住んでいる自分たちが幸せになれる街にしたい

かつては日本一の来客を誇り、風光明媚な砂浜は「東洋のナポリ」と言われていた、茨城県ひたちなか市の阿字ヶ浦(あじがうら)海岸。現在、客足が遠のき街も寂しくなってしまった。

しかし、阿字ヶ浦の海を、カリフォルニアの海のように明るく自由で開放的な空間へ生まれ変わらせたい。夏だけのレジャースポットから脱却を図り、季節を問わず人の集う場所にしたい。そんな思いを込めた「イバフォルニア・プロジェクト」が、2018年からスタートしている。

リーダーの黒澤広忠(くろさわ・ひろただ)さん、プロデューサーの小野瀬竜馬(おのせ・りょうま)さんを中心に、小池伸秋(こいけ・のぶあき)さん、横須賀太平(よこすか・たいへい)さん、打越光(うちこし・ひかる)さん、そして地域の人々が力を合わせ、阿字ヶ浦海岸を季節問わず、人々が集う場所に再生するべく活動を進めている。

イバフォルニア・プロジェクトを通じて、街にどんな変化が起こり、プロジェクトメンバーたちは阿字ヶ浦海岸のどんな未来を思い描いているのか、話を伺った。

ひと夏で300万人が訪れた海岸

1980年代の阿字ヶ浦。1983年に282万人、翌年に322万人の来客数を誇り、2年連続日本一人が集まる海だった。


阿字ヶ浦海岸は、茨城県ひたちなか市にある海岸で、ネモフィラで有名な「国営ひたち海浜公園」のすぐ近くに位置する。JR常磐線勝田駅からひたちなか海浜鉄道湊線に乗り換え、終点の阿字ヶ浦駅から歩いていくことができるため、都内からもアクセスしやすい場所だ。

この場所は、海水浴場をはじめとした観光とサーフィンなどのマリンスポーツで栄えてきた場所。しかしそれ以前は、農業と漁業を中心とした場所であった。

そんな街を海辺の観光地に変えた立役者は、黒澤広忠さんの祖父、黒澤忠次(くろさわ・ちゅうじ)さん。阿字ヶ浦に広がる遠浅の海が観光資源であることに着目し、地域住民と力を合わせ、大正13年に「前浜テント村」という名前で海水浴場がオープン。その後も、行政や企業と連携しながら海水浴場を盛り上げていった。

小池さん「海水浴場を作ったり、磯崎駅までで止まっていた湊線を今の場所まで引っ張ってきたり、『前浜』という名前だったこの地域を『阿字ヶ浦』という名前に変えたり。忠次さんは、地域だけでなく、官民巻き込んで、この場所を総合プロデュースした人なんですね」

大正時代から始まった海水浴場は、1980年代半ばには、新聞記事で「来場客日本一の海水浴場」と言われるほどになった。ピークの時期にはひと夏で300万人を超える観光客が訪れ、当時を知る人の話では「海岸に来る渋滞の列が栃木まで続いている」と言われるほどだったそうだ。

良い波が立つので、90年代初頭のサーフィンブームのころには、テレビ番組で阿字ヶ浦海岸の波乗り情報が紹介されたり、プロのサーフィン大会が行われることもあった。

現在の阿字ヶ浦海水浴場


しかし、常陸那珂港開発による砂浜の減少や、東日本大震災の影響もあり、観光客は減少。2011年の夏は過去最低の17,577人。2018年は、客足が回復してきたとはいえ約90,000人と、最盛期には遠く及ばない状態になってしまった。プロデューサーの小野瀬さんは1986年生まれで、盛り上がっていた阿字ヶ浦海岸のことは知らない。

小野瀬さん「自分は、遠浅の砂浜があった頃を知らないんですよね。海が好きなので、高校時代は浜辺に行ったり、海でデートもしましたけど、二十歳を超えてからは行かなくなりました」

毎日楽しく過ごせる街にしたい

観光客が減少し、海辺の街も廃れていく阿字ヶ浦海岸。しかし2017年、2年間のワーキングホリデーから帰国した小野瀬さんが、改めて阿字ヶ浦の街を見て「自分が理想とする街と立地が似ているかも」と思い始めたころから、イバフォルニア・プロジェクトが始まっていく。

プロデューサーの小野瀬さん


小野瀬さんは、地元の自動車会社で働いているが、「地元がつまらないし、海外に出ている友達への憧れもあった」という思いで、2015年からワーキングホリデーに参加。自身もサーフィンをしていることもあり、滞在先に選んだのはハワイ、ゴールドコースト、バイロンベイなどビーチカルチャーが盛んな街。そこは、世界中から人が集まり、みんな思い思いに過ごしている海辺、写真映えする街並みや公園があり、楽しく過ごせる街。小野瀬さんは、実際に海辺の街で過ごしながら、その魅力と居心地の良さを感じていた。

帰国後、自分が体感してきた海辺の街と、阿字ヶ浦の海辺や街を照らし合わせて、改めて地元を見てみると「この海岸は、自分が見てきた海外のリゾート地のようにできるかもしれない」と思ったそうだ。

小野瀬さん「ワーキングホリデーが終わってからも海の近くに住みたいなと思ったのですが、今の阿字ヶ浦に住んでも、絵にならないし物悲しい風景を見るだけになってしまう。阿字ヶ浦は生まれ故郷だし、自分にとってこれからの拠点になる場所だと思います。そんなとき、ここが自分にとって幸せになれる場所じゃないと、『つまらないな』と思ってまたどこかに行ってしまいたくなる。だから、自分がオシャレだと思うカフェやレストラン、ショップが点々と並ぶ街を作ることができたら、ここで毎日楽しく過ごせるんじゃないかと思いました」

地元のためというよりも、まずはこの場所に住む自分が楽しくなれる街を作る。そして、楽しい街には、楽しいことを考える人が集まり、もっと面白い展開を作ることもできる。

そんな思いを小野瀬さんが父親に相談すると、父親と昔からの付き合いである広忠さんを紹介してくれた。そして、広忠さんの紹介から「ひたちなか市の海岸のあり方を考える会」に参加。会合の中で、小池さんに出会う。

事務処理や行政との折衝を担当する小池さん


小池さんは、祖父の代から続く阿字ヶ浦の民宿「民宿満州屋」の若旦那。阿字ヶ浦出身で、大学進学を機に上京、そのまま都内で就職したが、Uターンして家業の民宿を継ぐようになる。地元で生きていくと決意した小池さんは、「100年後も幸せに暮らせる街をつくりたい」という思いから、この会合に参加。そして、きっかけや手段は違えど、小池さんも小野瀬さんのように「自分たちが幸せに過ごせる街を作りたい」という思いを抱いていた。

小池さん「阿字ヶ浦を100年後も幸せに暮らしていけるような街にしたい。でも、現状はそうじゃないし、自分たちでそういう街を作っていかないと、自分が幸せになれないだろうと。自分が東京から帰ってきて、最初に思ったことですね」

「ひたちなか市の海岸のあり方を考える会」に参加した人たちは、海岸エリアに対して課題意識はありつつも、「トイレをきれいにしよう」「電線を地中化しよう」といったアイディアにとどまり、なかなか先が見えない状態だったそうだ。

そんな中、小野瀬さんは自分が思い描くビーチカルチャーのある街を資料にまとめ、会合で発表。会合の参加者の中では小野瀬さんが最年少。それでも、反対意見は少なく、むしろ背中を押してもらうことができた。

小野瀬さんが描いた、阿字ヶ浦の街の青写真


小野瀬さん「地元の人たちが、『いいじゃん、それをどんどん打ち出して行こう』と言って、若手の考えを受け入れ背中を押してくれて、会合を重ねる中で会の名前も『イバフォルニア・プロジェクト』に変えよう、という風になっていきました。自分の計画自体が『海辺の街を作る』『ビーチカルチャーを作る』という壮大なものだったので、反対意見が多かったら、やらなかったかもしれません」

かつては日本一の来客数を誇った阿字ヶ浦海岸だが、次第にそんな姿も影を潜めていた中で、小野瀬さんが打ち出したビーチカルチャーのある街づくりのプランは、自信を無くしてしまった阿字ヶ浦の街にとっての一筋の光でもあった。

イバフォルニア・プロジェクトを進めていく中で、地元出身のクリエイター、横須賀さんも参加。横須賀さんの親戚は、阿字ヶ浦で「旅館山形屋」や海の家を経営している。地元に思い入れがあり海が好きというだけでなく、海の賑わいが寂しくなっていく様子を、より間近で感じていたという過去もある。東京で働いているため、頻繁に地元に帰ることはできないが、プロジェクトへの参加後は、メールやSNSを通じてメンバーと意見交換を続けていたそうだ。

街につながる市場を作る

ビーチカルチャーのある自由で開放的な街を目指す、イバフォルニア・プロジェクト。会合の中で、街を作る過程の一つとして、海辺の市場「イバフォルニア・マーケット」を開催することになった。

小野瀬さん「マーケット自体が『街』の起源みたいなものなんですよね。世界中にある様々な街も、マーケットや市場から始まっている。だから、自分たちがやろうとしていることも、本当に街づくりの序章なんだな、と思いました」

イバフォルニア・マーケットは、2019年5月18・19日に阿字ヶ浦海岸で開催された二日間限定の市場。飲食、農産物、クラフト雑貨、ファッション、リラクゼーションなどの店舗があつまり、音楽ステージもつくられた。イバフォルニア・プロジェクトのメンバーだけでなく、地域の人たちの力を借りながら企画運営を行った。

出店する店舗や出演アーティストを選ぶ際は、小野瀬さんが「この人に来てほしい」と思うところへ直接交渉。小野瀬さんが思い描くビーチカルチャーのある街の縮図になった。

イバフォルニア・マーケットを開催するにあたっては、クラウドファンディングも実施。2018年12月28日から2019年2月28日の期間で、112人の支援者から、最初の目標を大きく上回る1,556,000円の支援を受けることができた。

クラウドファンディング実施期間はプレッシャーも大きかったが、プロジェクトやチームを洗練させる効果もあったそうだ。

小池さん「クラウドファンディングをやることで、自分たちの課題を明確化していくことの必要性にも気づけたし、それを進めるためにチームとして密に活動していきました。そうしていくことで、一体感が増していったという感覚もありましたね。その甲斐あってか、新聞記事にも取り上げてもらえるようになったり、記事を読んだ地元の主婦がメンバーに入ってくれることもありました」

SNSを利用した情報発信を担当する打越さん


クラウドファンディングの途中で、打越さんもプロジェクトに参加。横須賀さんの親戚でもある打越さんは、現在勝田に住んでいるが、プロジェクトに興味を持ち小野瀬さんたちに声をかけた。

打越さん「最初は自分が何を手伝えるかわからなかったので、太平が打合せに参加できなくても情報共有できるように、というところから書記を担当するようになりました。議事録も作ってメンバー内で情報共有もしていきましたし、今ではSNSを使った情報発信も担当しています」

海水浴以外の海辺の楽しみ方を提案

イベントを開催するために、出店者の選出やイベントプロデュースを小野瀬さんが担当し、書類や手続き関係は小池さんと打越さん、デザイン関係は横須賀さんが担当。地域とプロジェクト間の調整は、黒沢さんが担っていった。さらに、地元の主婦たちもプロジェクトに参加し、イベント内でのゴミやトイレの課題など、小野瀬さんたちの目が届きにくい部分をサポート。それぞれの得意分野を生かしながら準備を進めていった。

イバフォルニア・ミニマーケットの様子


さらに、イバフォルニア・マーケットを開催するための練習として、そのイベントの縮小版でもある「イバフォルニア・ミニマーケット」も、2019年3月と4月に1日ずつ開催。それぞれ15店舗ほどの出店と、400人ほどの来客があった。イベントを楽しんでもらえただけでなく、イバフォルニア・プロジェクトのメンバーたちにとっても、本番を迎えるまでのブラッシュアップの機会となった。

小池さん「イベント前後の運営側の動きや、保健所関係の書類提出、出店者対応など、すごく勉強になりました。本番のイバフォルニア・マーケットに繋げられたし、今ではミニマーケットぐらいの規模なら、無理なく開催できると思います」

2回の練習を経て開催したイバフォルニア・マーケットでは、運営チームの熟練度が上がったこと、地域の人々の協力があったことで、無事成功を収めた。来場者には、ゆっくりと海辺の雰囲気とビーチカルチャーを楽しめる空間を楽しんでもらうことができ、海水浴以外の「海辺の楽しみ方」を知ってもらう機会になった。

イバフォルニア・マーケットの様子(写真:ツカシン、田部井春菜)


出店数は57店。出店した人たちからも、「楽しかった」「今までで一番売れた」「海辺にキャンピングカーで出店したから、お客さんの反応も良かった」といった声が届いた。小野瀬さんも、商売繁盛も嬉しいが、何より出店しながらも、イベント自体を楽しんでくれたことが嬉しかったそうだ。

来場客数は約3,000名。客層も、海水浴シーズンとは違う雰囲気の人たちだったそうだ。また、そのほとんどが「たまたま通りかかったら何か盛り上がっていたので覗いてみた」という人たち。小池さんも、改めて阿字ヶ浦海岸のポテンシャルを感じた。

小池さん「毎週あんなふうに人が集まるような街になって行ったらいいなと思いました。思い思いに海辺を歩いたり、護岸に腰掛けたり、子供たちが砂浜で遊んだり。そんな様子を、自然と毎日見られるような街にしていきたいです」

地域の意識の変化

プロジェクトを進め、イバフォルニア・マーケットを開催したことで、街の中にも変化が生まれてきた。

地元の行政の方からは「こういうの待ってたんですよ」という声があったほどで、ひたちなか市の観光振興課は、海水浴場や海の家をイベントや出店などで使いやすくなるよう、金額や対応窓口を調整していった。

地元に住む人たちも「この街でこんなことができるんだ、人が来てくれるんだ」と、再び地元に自信を持つきっかけとなった。また、街の中でイベントを開催するときなどは、「街の外部から来た人材とともに考えて、一緒に作り上げていこう」という考え方に変化していったそうだ。

行政や地域の人たちのマインドが変わっていくことで、海岸や地域の活用の幅も広がっていった阿字ヶ浦海岸。新規参入が難しい海の家の営業も、活用の可能性が見えてきた。

小野瀬さん「今度海の家に出店してくれる人は、以前から『阿字ヶ浦で海のカフェみたいなことをやりたい』ってずっと言ってた人なんですよ。イバフォルニア・マーケットを開催することで、そういう人にもきっかけを与えられたし、開催した自分にたちにとってもプラスになったと思います」

地元の海を、人が集まる場所にしたい

阿字ヶ浦の海を、カリフォルニアの海のように明るく自由で開放的な空間へ生まれ変わらせたい。夏だけのレジャースポットから脱却を図り、季節を問わず人の集う場所にしたい。

そんな思いから始まった、イバフォルニア・プロジェクト。ビーチカルチャーのある街を作る過程の一つであるイバフォルニア・マーケットを終えて、メンバーたちはどんなことを考えているのだろうか。

小野瀬さん「もっともっと、おしゃれな人、カッコいい人が集まるような空間を作っていきたいですね。スケボー、サーフィン、音楽、ダンスなどのイベントも、どんどん前に出していきたいと思っています。でも自分も仕事があるので、タイミングによっては『イバフォルニア・プロジェクトをやっているどころではない』ということもあるんですよね。だから、今後プロジェクトを進めるうえでは、自分はプロデューサーのような役割になって、現場や運営の部分は『マルシェ担当の人』『ステージ担当の人』みたいな感じで任せられるようにできればいいなと思います」

小池さん「これからは、イバフォルニア・プロジェクトとしても稼げるようになって、そこで稼いだお金を街に還元していかなくてはならないと思っています。プロジェクトとして自走できるようにきちんと稼いでいきたいし、そこから新しいことに投資していきたいですね。活動をしていく中で、僕らに『地域のことを任せてみよう』という声も増えてきました。これからは、人が集まる場所を作り、場所を使ってくれる人にどんどん提供できるようにしていきたいです。これから進めていくうえで、事務を支えてくれる人も必要ですね。地域のほかのイベントと関わりながらも、阿字ヶ浦の観光を取り仕切れるようにしていきたいです。とはいっても、『阿字ヶ浦で何か楽しいことをやりたい』という気持ちがあれば、特技とかは関係なく声をかけていただければと思います」

打越さん「イバフォルニア・マーケットのときも担当していた、SNSでの情報発信はこれからも続けていきたいですね。仕事柄ネットワークやPCも得意なので、IoTの活用もできたらいいなと考えています。イバフォルニア・プロジェクトで、阿字ヶ浦海岸でどんなことをしたら面白いのか?というところや、そのためにどんなものが必要なんだろう?ということを考えている途中ではありますね。太平の親戚がやっている『旅館山形屋』をこれからどんなふうにしていこうか、ということも、目下考えているところです」

かつて、阿字ヶ浦を観光地に導いていったのは、黒澤忠次さんの熱意であった。そして今、孫である黒澤広忠さんや地域の担い手である小野瀬さんたちが、阿字ヶ浦の街を、再び楽しく過ごせる場所にするために熱意ある活動を行っている。

イバフォルニア・プロジェクトはまだ始まったばかりだが、これからの阿字ヶ浦には、訪れるたび小さなビーチカルチャーが生まれているかもしれない。

PROFILE

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「阿字ヶ浦の海を、カリフォルニアの海のように明るく自由で開放的な空間へ生まれ変わらせたい」「夏だけのレジャースポットから脱却を図り、季節を問わず人の集う場所にしたい」という思いを掲げるプロジェクト。小野瀬さんの発案により、地域住民と会合を重ねながら2018年11月に発足。

2018年の年末から2019年2月末まで行われたクラウドファンディングでは、112人からの支援を得て、当初の目標金額100万円を上回る1,556,000円を達成。2019年3月、4月に行われた「イバフォルニア・ミニマーケット」を開催を経て、2019年5月18・19日「イバフォルニア・マーケット」を開催。二日間で約3000名の来客があった。

イバフォルニア・プロジェクト https://www.facebook.com/ibafornia/